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仏像と美術工芸品

[2020年11月20日]

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県指定文化財

不動明王立像

高さ125cmの一木造りで、「文永11年(1274)修理了」の墨書があり、蒙古襲来の折、郷民祈願のために修理されたと伝えられています。藤原後期の作品とされています。

阿弥陀如来坐像

 高さ99cmの寄木造りで、仁平3年(1153)という製作年が書き込まれています。
 藤原後期の作品で、愛知県下で銘のある仏像の中では、最も古いとされています。

毘沙門天立像

 高さ115cmで、不動明王立像と同じく「文永11年(1274)修理了」と墨書が確認できます。藤原後期の作品とされています。

賦山何連歌(杜若連歌)

 作者は安土・桃山時代の連歌師で織田信長、豊臣秀吉に厚遇された里村紹巴です。

町指定文化財

仁王像・仁王門

 仁王像は鎌倉時代の作品。仁王門は宝暦2年(1752)正盛院の末寺である龍光寺の住職 鉄翁和尚のときに建造された記録があります。
 明治15年(1882)に龍光寺が廃寺となり、正盛院に合併されたとき、仁王像と仁王門は一緒に移転し修理されました。

如意輪観音像

作者は平安時代の仏師 藤原定朝といわれています。

円空仏

円空が延宝4年頃(1676)に名古屋の荒子観音を中心に造仏していた頃の作品です。高さ42.5センチメートルで木彫りの薬師如来坐像です。

涅槃図

坂部城主 久松俊勝の祖父 久松定益より寄進されました。永正3年(1506)5月表替えの裏書も現存しています。

十六羅漢図

作者は室町時代の画家 吉山 明兆で、永正7年(1510)に坂部城主 久松俊勝の父 久松定義より寄進されたものです。

金唐紙

日本画の四条派岡本茂彦に師事した阿久比出身の農民画家 新美東谷の作品です。八面の襖に秋祭りの情景が描かれています。

高岡獅子館

製作年代は江戸時代終わり頃です。形態は四方向に切破風屋根を持つ入母屋造りで、獅子舞奉納に使用していました。

重箱

於大の方が愛用した調度品の一つで、水野氏から久松氏へ輿入れの際に所持したものです。装飾には水野氏と久松氏の両家紋があしらわれています。

北原天神法楽連歌

元禄3年(1690)に宮津の新海淳武が造営遷宮を行ったときに、京都北野の連歌師に連歌千句を詠んでもらい、自分の句も詠みこみ奉納したものです。(2巻~10巻)

血書阿弥陀経

徳川家康の生母於大の方が、我が子の武運長久を願い、坂部城内において血書したものです。

香合

於大の方が愛用した香合です。堆黒と呼ばれる器に漆を塗り、文様を浮彫りにした彫漆技法が施されています。中国宋時代のものです。

於大の方位牌

京都伏見城で75歳の生涯を閉じた於大の方の遺髪塚を建立する際、御霊屋に納められた位牌です。慶長7年(1602)8月28日の没年月日が記されています。

於大の方の夫 久松俊勝が使用したもので作者は不明です。
貝殻の光沢のある部分を薄く削って装飾された細工が施されています。

蓮水鳥図

坂部城主 久松俊勝の父 久松定義より寄進されたものです。作者は不明ですが平安時代から室町時代の唐画と呼ばれる渡来画です。

長頸三筋壺

平成19年12月に、土地開発事業に伴い宮津板山F古窯址で出土した。
形体は、器高23.6センチメートル、口径7.2センチメートル、胴径16.8センチメートル、底径9.1センチメートルの長頸型の壺で、肩部から胴部にかけて沈線が三本引かれ、色調は上部が赤茶色、下部が灰色、上部には白茶色の自然釉がかかっている。製作は、平安時代末期の常滑焼2型式と推定される。

お問い合わせ

阿久比町役場教育委員会
社会教育課社会教育係

電話: 0569-48-1111
        内線1228・1229

ファックス: 0569-48-6229

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