広報 あぐい
2005.07.01
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夏の星

みんなの童話

「夕方になっても、いっこうに涼しくなりませんね、おじいさん」
「こうあついと、水が恋しいなぁ、おばあさん」
「庭に水でも打ちましょうか」
「あぁ、それは涼しそうでいいなぁ」
 おばあさんは、ゆっくり庭に下りて、水をまき始めました。水のしぶきが、夕日にはえて七色にひかり、ちいさな虹を作りました。
 それを見ていたおじいさんは、いつもと同じ水音に耳をかたむけ、ゆったりえんがわに座っていました。
「そういえば、夏になると思い出すことがあるよ」
「どんなことですか、おじいさん」
 おじいさんは、ふくみ笑いをしながらおばあさんの顔を見つめました。
「いやですねぇ、何かわけがありそうですね」
「小学校のときのことだよ」
「また古いことを思い出しましたね」
 おばあさんは、首をかしげました。
「夏になると行った海浜学校をさ」
「あぁ、ありましたね。クラスみんなで楽しみにしていましたよ」
「砂浜の砂が、星のようにとがっているって、みんなで見せ合った」
「そうですね」
「波打ちぎわの貝がらを集めて、のれんを作ったりもした」
「なんでも遊びにつかえましたね」
 おじいさんは、あかね色の空をやさしいまなざしで見上げました。
「ほらいちばん星が出ましたよ。あわい色だ」
「そうですね」
「あのころのみんなの目は、星のようにキラキラかがやいていた」
「おじいさん、そんなにじっと見つめては、はずかしいですよ」
「いまでも、おばあさんはきれいな目をしているよ」
 おばあさんは、顔を赤らめて下を向きました。
「おばあさんは、あい変わらず照れ屋だねぇ」
「えぇえぇ、そうですよ。転校生のしょうかいで、クラスみんなに見つめられるのが、はずかしくてね」
「あぁ。だからわしは、ふしぎだった。どうして少しもしゃべらなくて、なんでもできるかって?」
「わたしがなんでもできるって、みんながふしぎがりましたね。でも気持ちがなかなかわからなくてね・・わたしは自分勝手でしたよ」
「いいや、わしらもそっけなくした。ちょっと冷たすぎたと反省したんじゃよ」
「しかたがないですよ。なにせちっともなじまないし、話もしなければ、みんな困ります」
「みんなで考えたんじゃ、海浜学校で楽しもうって・・」
 おじいさんは、ふと空をすかし見てから、顔を曇らせた。
「だが、おまえは遠泳でいなくなった。みんなで泳いでいたのに、急にいなくなるんだもの。あわてたよ」
「わたしは、海で泳いだことがなかったから、波にのまれたんですよ」
「そのとき、浜に漁師がいなかったらと思うと、たくさんの人に迷惑をかけたね」
「世話になりましたね。みなさんに心配かけました。感謝しています」
「つぎの日、その漁師の人たちから地引き網をひかせてもらった」
「そうでした。とった魚を民宿の人たちに教えてもらって、夕飯で焼いて食べました。」
「あぁ、わすれられない味がした。とれたての魚は、身がしまっていてうまかったなぁ」
 おじいさんは、また空をちらっと見ました。いつのまにか、大きく真っ赤だった太陽が西の空にしずみ、夕やみがせまっていました。
「でもおまえは、勇気があったぞ。みんなの前で大きな声で歌いはじめた」
「勇気でしょうかねえ?」
「うれしくなって、みんなもいっしょに大きな声を張り上げた」
「おもいっきり、楽しみましたね」
「それで今、わしとこうしている」
「それからわたしたちは、ずうっといっしょの学校でした」
「ずっといっしょで、いろんなひとに出会ったなぁ。なかまもいっぱい増えたし、思い出もできた」
「そうですね。どんなときでも、人が出会うと、思い出ができてうれしいことですねぇ」
 おじいさんは、うなずきながら空を見上げました。
「ほら、あの浜で見たように、星が増えてかがやきはじめたぞ」
「あぁ、いいですねぇ。夏の夜は、星がきれいですね」

しろやま会員 かどまさこ



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