2011.03.01
広報あぐい トップ » その他(1)
ぼくは、とっきゅうのように走るのが速いし、とくべつきれいな色のからだをしているから、みんながトー君ってよぶんだよ。
駅前の坂をのぼった丘の上に住んでいるんだよ。
ぼくの楽しみは、友だちとかけまわってあそぶこと。
もう一つは、この丘の上から毎日電車のとおるのを見ること。
白いとっきゅう、赤いパノラマカー、青と白のミュースカイ。
風にのってきこえる、ガタンゴトン、ガタンゴトンのリズム。
ダダッダダッ、ダダッの力づよい音、ぼくはそれがだいすきなんだ。
そうだ、今日こそあの電車にのってみよう。そうきめると、駅へむかう下り坂をわき目もふらず走った、走った。
「おーい、トー君どこへ行くの?」
からすのおばさんの声。
「駅だよ、えーき」
ぼくは、大声でいった。
大ぼうけんをするんだと思うとからだも心もあつくなっていた。きんちょうもしていた。
駅の改札口をすりぬけ、ホームに上がった。人に気づかれないようにベンチの下にもぐった。
ゴーと電車がはいってきた。
わあ、でっかいなあー、丘の上から見ていたのとはおおちがい。
おお、すごい!
ぼくは目をまんまるにした。
一番前の車両のドアがひらくとぼくはおもいきって、するりとのった。
ピー、ピ。発車のふえがなり、ドアがしまった。
ガタンゴトン、ダッダッダ、電車の音はからだまでひびいた。
ぼくが首を上にむけたとたん、車しょうさんと目があった。とっさにぼくは、
「のってもいいですか?」
少しふるえる声できいた。車しょうさんは、腰をかがめて
「あゝ、いいよ。前のほうがよく見えるよ」
「え、いいんですか」
ぼくはもう一度いった。ほんとうなら、おい出されるんじゃないかと、どきどきしていたので、とび上がるぐらいうれしかった。そして運転席のうしろのガラスまどにピタッとからだをつけた。
目の前につづく線路、家も木も田んぼもうしろにとんでいく。
はやい、はやい、ぼくがどんなに走っても、かないっこないなと思った。
ゴーと音がして、まわりのけしきがきえた。あ、トンネルだ。
つぎのしゅんかん、ぱあーと明るい光がぼくの目に入った。そのとたん、くらくらと力がぬけて、乗客のいる席の前におちた。
「あっ、とかげだよ」
「なんてきれいなとかげなんだ」
「ほんとに、ダンスしているよ」
と、いう声がかすかにきこえた。
ぼくはダンスをしているのではなく、目がまわったのに。
ドアがあき、きもちのいい風、
駅だ、ぼくはいそいでおりた。電車はつぎの駅にむかって発車した。
「トー君、トー君」
「え、ぼくのことよんだ?」
ふりむくと、かえる君がいた。
「ねえ君、トー君だろう。電車にのってきたのかい、勇気あるね」
「そうだよ、でもどうしてぼくの名前を知っているの?」
「君の名前は、ぼくたちかえるなかまのあいだでも有名だよ。光にあたると、青、黄、みどり、オレンジ色にかがやいて、美しいね」
「ありがとう、かえる君も電車がすきなの?」
「うん、ここにきて電車を見るのが、なによりの楽しみでね」
「そう、ぼくとおなじだね」
「トー君のところと、ぼくのところは線路でつながってるんだよ、また会おうね」
ぼくは、こくんとうなずいた。いい友だちに出会えて、ほんとうにうれしかった。
「気をつけてね」
かえる君はいつまでも手をふっていた。
丘の上に無事もどったぼくは、電車にのったことをなかまに話した。
でもね、あの電車の中で目をまわしたのだけは、ないしょ。
しろやま会員 やの かづこ
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