広報 あぐい
2010.01.01
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新幹線の老ば

〜みんなの童話〜

 

 正月は、富士山の見えるばあちゃんの家で……、そう考えていた健太は、一人で新幹線に乗った。
 指定席のとなりには先客がいた。白いかみの毛をたらし、大みそかだというのに、白い着物すがたの老ばだった。すわった健太に、
「どこへ行くのか」
と、聞いた。
「静岡です」
「わしもそうだ」
 ふたりの会話はそれだけだった。
 ところが静岡駅に着いた時、老ばはいなかった。景色に見とれていたので気がつかなかったのか、健太はそう思って降りた。
 でも、プラットホームにもすがたは見えなかった。健太は首をかしげながら駅を出た。
 静岡は父さんの故郷、みんな大喜びで健太を迎えてくれた。
「今夜は、うんとご馳走してやるでな。ゆっくり休んどりぁ」
と、ばあちゃんに言われたが、ゲームもないし、テレビもおもしろくない。たいくつになって外へ出た。
 でも別に行く所もない。よし、裏山に上ってみようと思った。
 ばあちゃんの家から五、六分歩くと浅間神社の裏山を上る道がある。ところが道は意外に荒れていた。やめようかとまよった。でも頂上からのすばらしい富士山を見たかった。
 曲がりくねった山道を上り始めたが、だんだん心細くなってきた。引き返えそうとした時、うす暗い林の横道から、ふわ、ふわ……と、何か白いものが近づいて来た。
 なぁーんだぁ? 健太はびっくりして立ち止まった。
 あぁーっ、木もれ日に照らされたのは人間だった。まっ白な着物にまっ白なかみの毛を肩までたらせた、あの新幹線の老ばだった。
 健太は、あまりのおどろきに声もでず、木にしがみついたまま身動きもできなかった。老ばはそんな健太の先を横切って、林の茂みの中に消えて行った。
 その夜、健太は、ころげるように逃げて来たことだけはかくして、新幹線のことや裏山のことをばあちゃんたちに話した。おじさんは、
「ふうん」
と、首をかしげたが、大学生の兄ちゃんや高校生の姉ちゃんは、声を立ててわらった。
 でもばあちゃんは「それ、山んばだったかもしれん」と、まじめな顔で話した。
「ばあちゃんが子どものころ『裏山にゃ山んばがいるで、一人で行くと食われちゃうぞ』って、言われていたものだ。山んばは、山に住む女の魔物のことよ。まっ白いかみの毛をのばし、きばをむき出して人を食い殺す、おそろしい魔物だ」
 話を聞いていた兄ちゃんが、
「健太は新幹線の老ばが気になっていたんだ。それに山道がこわくて、見えもしないものが心の中で重なってしまったんだな」
と勝手にうなずくと、姉ちゃんが、
「そう、ゆうれいと同じよ。健太はおくびょうだから、昼間のゆめでも見たんでしょ」
と、またわらった。
「ま、それにしても富士山が見えなかったのは残念だったな。あしたは元日だ。すばらしくよく見える所へ連れてってやろう」
 おくびょうだって、姉ちゃんに言われておこれていた健太だったが、おじさんのうれしいことばでいかりをおさえた。
 でも、新幹線の老ばも裏山で見たものも同じだったんだ……。健太はふとんに入ってからもそう思った。

童話作法講座 しろやまの会  講師 寺沢正美 



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