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2014.01.01


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ぼくの素敵な初夢

みんなの童話

 初日の出は、権現山ごんげんやまで拝もうと去年から計画していた。ぼくたち阿久比町にある、新美南吉「ごんぎつね」ゆかりの◎ 現山にごん◎ がいたことで全国に知られている。
 権現山の● 日は、元旦早々の朝寝坊で失敗した。● 失敗、● 後悔。
 わが家のルールで、その日のスタートの「起床」は自分の意志と責任でしなければならない。
 お鏡もちの飾られた台所で、父と母、妹が笑っている。● 家族、● 笑顔である。ぼくもとびきりの笑顔で新年の挨拶をした。
「お兄ちゃん、初日を拝んだ?」
「もちろん。素敵だったよ」
「ずるい。早々● うそをついて」
「本当だよ。権現山で、ごん狐に会ったんだよ。夢の中だけどね」
「うわぁ、素敵な初夢が見られて、お兄ちゃん、よかったね」
 妹が素直なかわいい顔で笑った。
「公一も今年は中学生だな」
 父がにこにこ顔でぼくを見た。
「はい。阿久比中学ピカピカの一年生。全力でがんばる所存です」
 ぼくの● 演説に家族が拍手した。
 年賀状が配達された。家族全員で九八枚。うちぼく宛が一八枚。
「小学生にしては多いわね」
「それだけ友達が多いってわけだ。公一は幸せものだ」
 父母が満足そうにうなずいた。
「中学は勉強がんばるぞ」 (健)
「部活は落語部に入って、みんなを笑わせるぞ」 (大幹)
「養護の真子先生、好き。そろそろアタックしようかな」 (ユウ)
 賀状の絵文字が躍動して楽しい。
 だが安子さんからは来ていない。
 阿久比高校三年の森野安子さんは昨年からのぼくのカノジョだ。
 朝、登校時など大きな声で「オハヨウ」と挨拶をしてくれる。
 去年の文化祭の俳句大会で、ぼくはみごと入賞を果した。
 新春の空に「安」の字描きにけり
 二句目「安」が、安心、安全、平安、安泰と職員室でも話題になったそうだが、正解は安子さんの「安」。誰も分らなかったが、安子さんだけは気づいて入賞のお祝いにチョコ四箱をもらった。
 その安子さんから賀状が来ていないので、ぼくは落ち込んだ。
 だが、ぼくは「エイッ」。
 すぐに立ち直った。
 高三のカノジョは受験で賀状どころではないかも知れない。あるいは歳末ぎりぎりに投函したとしたら明日に届く可能性もありだ。
 そうだ。待つことにしよう!
 お雑煮を食べていると急におばあちゃんに会いたくなった。
 ぼくの大好きなおばあちゃんは今、隣の大府市に住んでいる。
 八十八歳。米寿である。だが認知症とガンで寝たきり。家族の顔も分らないが、ぼくのことは、はっきり憶えている。伯父さんは「余命半年、今年中はもつまい」と言っているらしい。
 おばあちゃんの家の松の木が見えた。ぼくは走りに走った。
「おばあちゃん、オメデトウ!」
「公一かい。おめでとうさん…」
 すぐになつかしいおばあちゃんの声が聞こえたので安心した。
「ヘリコプターで飛んで来たのかい?」
「いや、走って来たんだよ」
「へーえ八時間も走って、公一はすごいねえ。六年後の東京オリンピックに出るといい。おばあちゃん必ず応援に行くからね」
 おばあちゃんは一生懸命に話すのだが、声が小さく、弱々しい。
 ぼくはフトンにもぐりこむと、小さくなってしまったおばあちゃんの体をやさしく抱いた。
「おばあちゃん、くさいだろう?」
 ぼくはあわてて首を振った。
 正直に言うと、はく息やおむつのにおいで、くさかった。だが、いやではない。おばあちゃんの、あのなつかしく、やさしい匂いだ。
「おばあちゃんは、認知症でね、間もなく死んでしまう・・・。おばあちゃんの分まで生きておくれ」
「死ぬなんて、だめだ。いやだ!」
「公一。人間はみんな、いつかは死ぬ。必ず死ぬんだよ。人生は二度ないからね。だから楽しく、元気に、やさしく生きて欲しい…」
 ぼくは、もう言葉がなかった。
 おばあちゃん、大好きだよ!
 これから先、おばあちゃんの病気がどう進行していくか、小学生のぼくには分らない。
「だが、おばあちゃんをぼくが、守るからね」
 ぼくは、おばあちゃんを抱きしめながら心の中で何度も叫んだ。

阿久比創作童話の会「しろやま」講師  堀 尾 幸 平