広報あぐい

2013.09.01


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あの日の記憶

〜みんなの童話〜

 ぼくがまだ小学三年生のころだ。しんやと遊んだ日の帰り道、今日も楽しくなかったなあと思っていた。しんやはやりたい放題でぼくはいつもがまんしている。
「あっ、アゲハだ」
 どこから来たのか、アゲハチョウがぼくの回りを飛び始めた。
 数日前、家の庭でだっぴを始めたアゲハを見つけた。クモがすを作っている。ぶじに飛んでいけるように糸をはらった。そのアゲハがこっちにおいでよ、と言っているみたいだ。後をついて行くことにした。古い民家が見えた。げんかんの戸が開いていて、何のためらいもないようにアゲハが入って行った。
「いらっしゃい」
 うす暗い中、女の人が座っていた。
「つとむ君ね。あなたに一つ、ある能力を授けたいの」
 美しい声だ。どうしてぼくの名前を知っているのかな。ぼくが来るのを待っていたみたい。
「つとむ君はおとなしいから、友達からいやな目にあわされるのよ。今から風のあやつり方を教えてあげるわ。きっと、役に立つはずよ」
「ぼくのこと、色々と知っているな」
 声がふるえた。
「ふふ、何でも知っているわ。しんやのこともね」
 ますますこわくなった。
「あの、そろそろ帰らないと」
「待ちなさい。すぐ出来るわよ」
 女の人が近づいてぼくのかたに手をおいた。黄と黒のきれいなドレスをまとい、くりくりした丸い目をしている。女の人は外に出ると、手を横にのばしひらひらと動かし始めた。
「風よ、あれくるいなさい」
 ぐるぐると風がうずをまき始めた。こぶしをむねに当てると静まった。
「つとむ君、かんたんでしょ。覚えておくといいわ」
 女の人はすっと家の中に入った。ぼくは一目散に家まで走った。

 春の遠足。お弁当を食べた後、しんやがぼくの側に来た。
「おい、つとむ。これ、くれよ」
 しんやがポテトチップスのふくろをつかんでいる。イヤだと言いたいのに言えなかった。とつぜん、アゲハが飛び始めた。黄と黒のドレスとくりくりした目の女の人を思い出した。
「風よ、あれくるいなさい」
 試しに両手を伸ばしひらひらさせた。しんやの場所だけ風がぐるぐる回った。
「イタ、タ。目に砂が入った。何で急にここだけ風が吹いたんだ」
「くっ、くっ」
 ぼくは、笑った。
 それからも風を利用してこらしめた。風にたよるばかりでぼくは何一つ出来なかった。
「おい、つとむ。習字の道具、持てよ」
 いつものしんやの命令だ。
「イ、イヤだ!」
 ぼくはさけんだ。心臓がドキドキした。しんやの目が見開いている。
「もう絶対、がまんするもんか」
さらに声をはりあげた。しんやはだまったままだ。
「…、ごめん」
 少しして、しんやがあやまった。
 ぼくとしんやは何でもいいあえる友達になった。
 あれから十年、あの女の人とは一度も会っていない。

しろやま会員  石川洋子