海の近くの小さな駅に着いた。おじいちゃん家(ち)に来るのは、気が進まなかったが、お母さんとおじいちゃんで決めていたから、しかたがなかった。お母さんは、六月から病気で入院している。
潮のかおりのする朝の風が、ほほをなぜた。
「わぁ、黒い」
駅にむかえに来たおじいちゃんは、きたえあげた漁師の風格があった。
「けん、部屋から海がみえるんだ。海岸も近いし、泳ぎの練習もできるぞ」
おじいちゃんは、ぼくが泳げないのを知っていた。
午後になると、
「浜に行くぞ」
と、おじいちゃんがぼくをさそった。
「足がうまって、うまく歩けないよ」
砂浜は、歩きにくかった。でもおじいちゃんは、すたすたと早く歩く。
波うちぎわについた。
「それじゃ、準備運動をするぞ」
一、二、三、四、おじいちゃん流の水泳体操。背中を伸ばしたり、手をふったり、おじいちゃんのまねをした。
腰までつかったあたりで、
「とにかく泳いでみろ」
と、おじいちゃんが言った。
ぼくは、水中の砂地をぽんとけって、体を伸ばした。海の水がすっぽり、体をつつんだ。
ゴボゴボゴボ、しずみそうになった時、おじいちゃんの手がぼくのお腹を支えた。
それから、毎日練習が続いた。
一週間たったころの夜だった。
「けん、海岸に行くぞ」
「おじいちゃん、どこに行くの」
「ついてくればわかる」
外は、空も海も昼間と色がちがって見えた。星がきらきらかがやいている。
「こんなに星を見たのは、初めてだ。きれいだなー」
波の音が聞える。
風の音も感じる。
「おじいちゃん、待ってぇ」
おじいちゃんの行き先は海辺だった。砂浜のおくの波の来ない所に歩いて行く。月が、やさしく砂浜をてらしていた。
「あそこに足あとがあるよ」
「海がめの足あとだ」
ぼくは、足あとの始まっている所をほってみた。
「中はあったかいよ。これ、みてみて」
ぼくは、ピンポン玉位の白いたまごを二つ、おじいちゃんに見せた。
「海がめのたまごだ。元にもどして砂かけとけよ」
「けん、かくれろ」
おじいちゃんとぼくは、岩かげにかくれた。黒い小岩のような海がめが、砂浜に上がって来た。百キロもありそうな海がめが、注意ぶかくあたりを見まわしている。
波のこない所で、バサッバサッと前足で砂をとばして、体がかくれるくらいのあなをほっている。体がすっぽりかくれると、全身に力を入れて、
「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ」
大きく息をはくたびに、頭を上げて、苦しそうに息をしている。
「何をしているの?」
「たまごを産んでいるんだよ。黒潮にのって、長い長い旅をして、ここに帰って来たんだ」
月明かりにてらされて、海がめの目から、スーッとひとすじしずくが流れた。なみだのように見えた。
「たまご全部かえるといいな」
産み終えると、母がめは二度と会えない子がめのために、砂をかけ、ふみかためた。
「ほかの動物に食べられないように、よくふみかためるんだ」
母がめは、つかれた体をひきずるようにして、砂浜に足あとをのこしながら、海にもどって行った。
ぼくの目になみだがうかんでいる。おじいちゃんに見つからないように、そっと、そででぬぐった。
夏休みの終る前に、たまごがふかして、子がめになった。母がめは、もうこの海岸にはいない。
「元気で大きくなるんだよ。そして、この海にもどるんだぞ」
ぼくは真っ黒になり、泳げるようになった。そして、少したくましくなって、お母さんの病院にむかった。
しろやま会員 木村久世 |