広報 あぐい
2010.02.01
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あぐいぶらり旅 
〜石造物を巡る(阿久比・椋岡・矢口・高岡コース 3)〜

シリーズ 阿久比を歩く 117

 



切り妻屋根の立派なお堂



“才名地蔵尊”

矢口公民館を通り過ぎ、友人と2人でてくてくと坂を上る。左手に箭比やひ神社じんじゃの森を眺めながら進み、突き当たりを左に行くと、お堂が見える。道脇の一画で、切り妻屋根の立派なお堂の中にまつられるのは「才名さいな地蔵尊」。

扉の奥に、2つのちょうちんが飾られ、日差しが差し込んでいるせいか、その合間から顔をのぞかせる地蔵は白く光って見える。

台座の上に立ち、高さが1mほど。『町文化財調査報告書』では、地蔵の右脇に「西組念佛講中」、左脇に「寛延三年天」と記されると解説される。浮き出た地蔵の左肩部分に「西」という文字がかすかに見える。顔の表情は、はっきりしない。

近くのミカン畑から、風に乗って甘酸っぱいにおいが漂ってくる。民家の倉庫に、摘み取られたミカンの詰まったプラスチックの箱が並ぶ。汚れたミカンを軒下の水道で洗う女性の姿が見えたので地蔵尊について尋ねる。

毎年8月23日の夕方に、近所の人たちが地蔵の周りに集まり、供物をして念仏を唱える“おまつり”をするとのこと。

「昔はこの日に、みんなでうなぎ丼を食べた覚えもあるし、嫁いできたころに、おじいさん(義父)から、戦前は屋敷の前で芝居が上演された話を聞いたよ」。

西組を守る地蔵を囲み、かつては盛大なイベントが行われていたようだ。

地蔵に記される「西組念佛講中」の“念佛講”は今も続く。お堂から少し離れた畑で作業する女性が教えてくれた。

現在、10軒の家庭が順番に講元(当番)を務める。1カ月に1回講元の家に集まって、掛け軸を飾り、供物をして念仏を唱え、地区や家内安全を祈願する。

「年が大きくなって、講を続けられる人が減ってきましたが、念仏の後、お茶を飲みながら話をするのが楽しいですよ」と女性の表情が緩む。先人が作り出した、“講”は、立派なコミュニケーションの場として継承されている。

「出会った皆さん、にこやかな人ばっかりだったよね」と私が言う。「お地蔵さんを大切にしている人たちだからですよ。最近、怖い顔してますよ。もう一度お地蔵さんを眺めたらどうですか?」と友人に言われる。

再び地蔵さんの前に立つ。「こういう顔だからしょうがない」と思いつつ深々と頭を下げ、次の石造物「大沢不動尊」を探しに先を急いだ。



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