広報 あぐい
2006.01.01
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沢をとび越えた!

〜みんなの童話〜

新しい年が明けた。でも平太には1つ悩みがあった。体育のとび箱がとべないことだった。

平太にはとび箱がまるでそそり立つ山のように見える。くそっと思って走って行っても足がすくんでしまう。今年は6年生だ。でもまだ4段もとべない。体育をさせる学校がうらめしかった。

初夢で竜の背中にまたがって山を越えた夢を見た。ジジに話したら、「とび箱がとべんと悩んでいたで、そんな夢をみたのかも知れんな」と、竜神沼の話をしてくれた。

沼は町境の山にあった。平太も沼のあることは知っていたが、行ったことはなかった。
「沼には竜神さまが住んでて、悩みごとや願いごとを書いたシャモジを浮かべておくと、かなえてもらえると言われとる。でもでこぼこのけもの道だし不気味な沼だ。よほど度胸のある者でなければ行かんだろな」

ジジはそう言って、平太の顔を見てなぜかにやっとわらった。

次の朝、平太は家の者に知られないように自転車を走らせた。こわかったが竜神さまに願いをかなえてもらいたかった。でも庭でジジが見ていたことには気がつかなかった。

自転車をふもとの竹やぶにかくすと山道を上った。けもの道だったがジジの言うほどでもなかった。

でもクマザサの道は、先に行けるか不安だった。引き返そうかと思ったが、シャモジは浮かべたかった。クマザサをかきわけながら上った。

流れのある沢に出た。とび越すには少し無理だった。沢に倒れていた木を橋にして渡った。だいぶ上った。うす暗い杉林をぬけた。

沼だっ!目の前は沼だった。カタカタッと、体がふるえた。竜神さまがいるんだ、そう思ったら動けなかった。

三方を雑木やつる草でおおわれ、黒くどろーんとよどんだ沼だった。沼に来たんじゃないのか、自分に言い聞かせたがだめだった。ふるえる目で沼を見つめた。

あっ、沼の中ほどに波紋ができた。こきざみにゆれ、輪をひろげて岸辺に近づいて来る。竜神さまだあ!恐怖がいちどにふき上がった。

うわあ!平太は来た道をころがるように走った。振り向けば沼に引きずり込まれる。がむしゃらにけもの道を走った。

ふへーつ!とび上がってひっくり返った。ひっくり返ったまま起きられなかった。竜神さまがー、あわてて振り向いた。でも竜神さまはいなかった。沢の音だけが聞こえた。

平太は立ち上ってびっくりした。とび越せなかった沢をとび越していた。立ちすくんだまま、こもれ日に光る流れを見つめた。

口から火を吹き、きばをむき出した竜神さまがおそいかかって来る、そう思って死にものぐるいで逃げた。沢のあることなど目に入らなかった。

でも竜神さまなど追いかけても来なかった。おそろしかった、だからそう思ったのだ。

平太は意気地なしだった自分がなさけなかった。「強くなれ」ジジはそう言いたかったのだ。わらったジジの心がわかった気がした。

よしっ、強くなるぞ!平太はにぎりしめていたシャモジを思いきり空にほかり投げた。

その気で夢中になればできるんだ、沢だってとび越したんだ。もう弱虫じゃない、とび箱なんかこわくない。4段なんかへいちゃらだ!

平太はこぶしを天に突き上げると、一気にけもの道をかけ下りた。


阿久比童話作法講座・しろやま
講師  寺沢 正美



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