2015.07.01
広報あぐい トップ » その他(1)
小学四年のさやかは、ななと近くのプールまで泳ぎに行った。すべり台やジャグジーで遊んだあとアイスを買った。
「ねえ、さやか。たこやきも食べたいな。アイスのお金しか持ってこなかったの。お願い。二百十円ちょうだい」
ななが、さやかにねだった。
「うん、いいよ」
さやかが財布からお金を出した。
そんな様子をこっそり見ている透明な生き物がいる。
「フッフッフッ。二人ともお金をあげたり、もらったりしてお金はモノと同じだと思っているな。さあて、どっちにしようか。さやかの方がたくさん持っていそうだから、よし、ターゲットはさやかだ」
さやかが家の中に入ると、続いて透明な生き物も入った。
透明な生き物は、人間の子どもが泣いていると、なぜか、つられて泣いてしまう。だから、子どもを悲しませたくなかった。
「さやかは、お金を大事にしていないから、食べても泣かないだろうな」
ゲームに夢中のさやかを横目に、机の上の財布に手をつっこんだ。
パクパク、パクパク。
「お金は実にうまいなあ。もっと食べるぞ」
貯金箱にも手を伸ばした。透明な生き物は誰にも見えないが、お腹に入ったお金はよく見えた。けれど、さやかは気付かなかった。
ある日、さやかは、ななと遊ぶ約束をした。その時になって、財布のお金がないことがわかった。
「あれっ、変だな。とりあえず貯金箱から出して持って行こうっと。あれれ!空っぽ。兄ちゃんがとったのかな。それともママ?まさかね。泥棒かな」
ママは出かけたまま、まだ帰っていなかった。
さやかは、悲しい気持ちのままリュックを背負うと、ななの待つ公園まで走った。
ジー、ジー、ジー、ジー、ジー…
セミがひたすら鳴いている。
「大変だよ。どうしてかわからないんだけど、私のお金が全部なくなっちゃったよ。だからお願い、貸してくれる?」
呼吸を整えながら、ななに遠慮がちに言った。
「ええっ。大丈夫なの」
ななの目が、まんまるくなった。
「ママが、まだ帰ってないからどうしたらいいのかな。それで、貸してほしいんだけど…」
「ごめんね。貸してあげられないの」
ななが、すまなさそうに言った。
「どうして、だめなの?」
「お母さんがね、お金は働いた人が手に入れる物だから、特別な理由がなかったら、働かない人にはあげてもいけないし、貸してもいけないって言ったの。だから、この前もらった二百十円はかえすからね。ごめんね」
家に帰ったさやかは、もう一度財布と貯金箱の中を見た。
「お金がないと何も買えない。簡単にお金は手にはいらないし…。ママ、早く帰ってきて」
さやかの目から、なみだが出た。
透明な生き物は、静かな場所が好きだった。今日もお気に入りの荒れ地でゴロリと横になった。そして、目をつぶって集中した。すると、さやかの家の中が見えた。
「まさか、泣くなんて思いもしなかった」
透明な生き物は、泣きながら逆立ちをした。すると、開けた口からお金がこぼれ出た。
チャリリン、チャリリン。
泣いていたさやかは、お金の音を聞いた。突然、貯金箱がたおれた。そして、財布の口が開いたかと思うと、なかったお金が増え始めた。
それからのさやかは、お金をあげたり、貸したりしなくなった。透明な生き物は、お金を探しながらこれからも生きていく。
しろやま会員 石川洋子
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