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2015.01.01


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砂漠のバラ

〜みんなの童話〜

「砂漠のバラ」という鉱石は、ボクが今、一番大事にしている命の次に大切なタカラである。
 原産地、西アフリカ・モロッコではデザートローズ(DesertRose)と呼ばれている。あのサハラ砂漠で長い歳月の化学反応で生成された一見バラの花のような形状である。
 ボクは、この最高のタカラをモロッコの少女マーミラにもらった。
 ボクの好きな純子伯母さん(大学の准教授、比較言語学)が西アフリカで開かれる学会に出張する旅行に連れて行ってもらったのである。中部国際空港から飛行一八時間(時差九時間)モロッコのカサブランカ空港に着陸すると、すぐに4WD車で三時間ほど疾走してサハラ大砂丘レルグ・シェビのテント村に着いた。ボクは、その村でマーミラと会った。
 村の人達はイスラム教徒で、ターバンで顔や体を覆っていた。
 マーミラも同じ装いだったが、ターバンからのぞいた大きな目が異様に大きくきれいだったのでボクはドキッとした。初めて経験する恋の予感―。小学四年のボクがこんなことを考えてはいけないね。
 モロッコの人は、ほとんどアラビア語で話をする。
「アッサラーム。アナ、マーミラ。マルババ」(コンニチハ。マーミラデス。ヨウコソ、イラッシャイ)〔注・以下通訳文は純子伯母さん〕
 初めて聞くマーミラの声がまた可愛くきれいだ。
 マーミラの家族は、外国から来る観光客をラクダに乗せて砂丘を案内する仕事。マーミラも手伝っていて、学校へは行っていない。
「デモ、私、学校へ行キタイ!」
 マーミラは砂漠の遠くを見つめながら夢みるように言った。
「学校ッテ、ドンナ所?」
「楽しい所だよ。友達が大勢いて、本がいっぱい。親切な先生がいて」
「学校ヘ行キタイ!一生懸命勉強シテ、私、学校ノ先生ニナリタイ」
 真剣な少女の顔を見ながら、ボクは純子伯母さんのNPO途上国教育基金で支援できればと思った。
「デモ、コンナニ貧困デハダメー」
「そんなことは絶対にない。みんなで力を合わせてがんばれば、みんなの夢や願いは必ず実現する」
 そう言ったもののマーミラの生活や環境はあまりに惨めだった。
 住居は移動式テント。家財道具のほか本など何も見当らない。トイレも砂丘で適当な所をさがして用を足した後は砂をかぶせて自分で後始末をしておく。
「コレガ自然式ノ便利トイレ。衛生的デ、トテモ快適デス」
 屈託もなく家族中で笑っている。
 こんな生活の中で豪華な銀製の茶道具一式だけが輝いている。
「私タチノ好キナ『ミントティー』ノオモテナシデス。ドウゾ」
 マーミラが改まった作法でお茶を入れてくれた。湯気の立つコップにハッカの茎と葉が見える。何とも言えないいい香りと茶の味―。
「プニン!」(おいしい!)
 ボクのおぼえたばかりのアラビア語に家族が手をたたき笑った。
 お茶の後、料理作りが始まった。家族みんなが笑いながら楽しく調理が進められて行く。
 羊肉や野菜を煮込んだタジン鍋。兎肉と野菜を粒状小麦のスムールで蒸したクスクス。それにケバブ、パスティラなど、次々に並べられるモロッコ料理―。それがみんなおいしいんだ。ボクはベルトをゆるめて、いっぱい食べ、大満足。
「プニン!」を連発した。
 翌朝、まだ暗い中に砂漠の日の出を見に出かけた。
 ボクはラクダの背にやさしく揺られ、お伴のマーミラはラクダの綱をひき、時々ボクを見上げて笑った。なだらかな夜明けの砂丘をゆっくり歩いて一時間、前方の大砂丘が次第に赤く色づき始めた。
 あっ、日の出だ!
 大きな太陽が、こちら大砂丘を一斉に美しく染める。
「ばんざあーい!」ボクは大声で叫んで両手を挙げた。マーミラも同じように力強く、手を挙げた。
 ボクたちの一日がスタートする。
「私、ガンバルワ、夢ニ向カッテ!」
「一緒にがんばろうね」
 ボクたちは、力強く昇ってくる太陽を拝み、手を握り合った。
 テント村に戻るとボクはラクダに「シュクラン」と言って長い首を撫でた。だが、ラクダはボクを無視して餌小屋の方へかってに帰って行った。マーミラが笑った。
「ボクたち、お別れだね」
「プッサラーマ」(サヨウナラ)
「シュクラン」(アリガトウ)
「私ノコト、忘レナイデネ」
 マーミラは急に泣き出しそうな顔になると、自分の大事なタカラをボクの手に持たせた。
 マーミラが今までに広大な砂丘で見つけたものの中で、最も美しいDesertRose「砂漠のバラ」だった。
「シュクラン、マーミラ!」
 ボクは、それをしっかりと握りしめた。そして大人になったら再びサハラ砂漠を訪れて、学校の先生になっているであろうマーミラと世界の平和や幸福、子供の教育などについて深く真剣に話し合いたいと思った―。




〔注・取材二〇一四・一一。写真は少女マーミラとサハラ砂漠にて〕

阿久比創作童話の会「しろやま」 講師  堀尾幸平