広報あぐい

2012.09.01


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台風と雪駄せった

〜みんなの童話〜

 今から五十年ほど前、かよの村は、おそろしい台風におそわれた。
 そして、そのあらしの夜、不思議なことがおこった。

 そのころ、村には駄菓子屋が一軒あった。
 店は、戦争でだんなさんを亡くしたおばさんが、ひとりでやっていて、かよは学校から帰ると、十円玉をにぎりしめ、毎日のように、変わり玉や、くじのついた菓子袋を買いに行っていた。
 おばさんは、とても親切で、風船やあめ玉を、よくおまけにくれるので、店はいつも、こどもたちであふれていた。
 おばさんには、年老いた母親と足の悪い妹がいた。
 二人は、村はずれの古い家に暮らしていて、おばさんはよく二人のめんどうを見に行っていた。
 あの日は土曜日で、下校の時には、すでにかさがさせないくらいの風がふいていた。
 仕事から帰ったかよの父が、雨戸にクギを打ちつけている間にも、雨が雨戸をたたきつけるようにふってきた。
 台風のおそろしさを、まだ知らなかったかよは、弟と布団の上にねころんで、少しわくわくしていた。
 まもなく停電になった。
 真っ暗な部屋の中で、ろうそくのあかりがゆれていた。
 ヒュー、 ゴォォー
 すさまじい風が音をたてて、家の戸をつき破らんとしていた。
 かよの父と母は、たたみを上げ、しなる戸を必死に押さえた。
 戸が破られると、屋根が飛んでしまうからだ。
「おかあちゃん、おそがいよー」
 弟は泣き出し、かよはこわくて、ふるえていた。
 その時、ドン、ドン、ドンと、うら戸をたたく音がした。
 びっくりして、かよの母が戸をあけると、あの駄菓子屋のおばさんが、ずぶぬれで立っていた。
 はだしで、足をけがして血が出ている。顔はまっ白だ。
「かあちゃんの家がつぶれた! 助けとくりゃ!」
 でも、もうれつな勢いであれくるう風と雨の中、助けに行くなど、とても無理なことだった。
「今行っても、あかん! 風に飛ばされてしまう!」
 かよの母が何度言っても、おばさんは聞こうとしない。
「あんたが、どうしても行くなら、これをはいて行きん!」
 かよの母は、せめてもと、近くにあった雪駄を渡した。
 雪駄は竹の皮のぞうりのことだ。
 おばさんは、頭を下げ、あらしの中へ走り去った。
 そのあとも、台風は一晩中吹き荒れ、かよの父と母は、おばさんのことを気にしながらも、自分の家を守ることで精一杯だった。
 夜が明け、村は大変なことになっていた。
 駄菓子屋のおばさんの家は、風でたおされ、おばさんは家の下敷きになって、亡くなっていた。
 それに、おばさんの母親の家も風でつぶされ、母親と妹も亡くなった。
 台風で家が全部こわれたのは、村でこの二軒だけだった。

 そして、先に駄菓子屋がこわれ、おばさんの母親の家はそのあとだったこともわかった。
 二軒はかなりはなれているのに、その間の田んぼは、稲がなぎたおされ、まるで竜巻が通りぬけたかのように、一本の道ができていた。
 でも…
 駄菓子屋が先にこわれたのなら、あの時、かよの家に来たおばさんは、すでに死んでいたことになる。
 それに、人が立って歩けないほどのあらしの中、近くでもないかよの家に、助けを求めて走ってくることが、どうして出来たのだろう…。
 しばらくして、雪駄が見つかった。雪駄は、おばさんの母親の家の近くのあぜ道に、きちんとそろえて置いてあった。
 不思議なことに、どろの一つもついていなかった。
「きちんとした人だったで、きれいに洗って返してくれただね…」
 かよの母は雪駄をだきしめた。

 それから数年後、村に道が出来ることになり、かよの家は立ちのくことになった。
 新しい道は、駄菓子屋があった所から、かよの家を通り、その先は亡くなったおばさんの母親の家へと続いていた。
 それは、あの台風の夜、おばさんが、母親と妹を助けようと、はだしで必死に走って行った道だった。

しろやま会員 いとうけいこ