広報 あぐい
2007.05.01
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海と空のあいだ

〜みんなの童話〜

 

夜中じゅう吹いた風もやみ、海になぎがもどった。そよ風が、昨夜の嵐に変わって、砂浜をなぜていた。
「おだやかな日だぁ」
作造は、空をあおいでつぶやいた。
「なんぱせんだぁ」
ふいに耳をつんざくようなさけび声がした。
「ななぁんだぁ」
声の方に顔を向けた作造は、市松の走りよるすがたを見つけた。
「作う、船が浜に上がったぞぉ」
「なんの船だぁ」
作造もつられて大声で聞いた。
「なんのかもねえだ。安ん家の船だ」
「安う?昨日のようなあんな日いに、船さ出ていったんかね」
「出ていったんは、だれもしらんかったからね」
「あぁ、しっとたらみんなぁで、止めたもんなぁ」
顔をしかめた市松の声が、作造の心をしめつけていた。
「そんで、安吉は上がらんとね」
「今はなんともわかんねだぁ」
作造と市松は、浜の端にあるみさきを目ざして急いだ。空はあおあおと光り、海もきらきらと輝いていた。
「おぉ」
みさきをまわった作造は、思わずうなった。
端切れ板になった船の残がいが、作造の目にはいった。さけた板目は、どれも断ち割れ、嵐のすさまじさを見せつけていた。
みさきの浜には、もう船頭なかまが、集まっていた。
「作う、どげん思う、安吉は、ほんとうにあんな海に、いったんやろか」
「どげんちゅうて、今おらんというのが、出ていったんちゅう証拠やね」
「そんで、安吉のおっかさんには、知らせたんか」
「あぁ、今、船頭なかまが、言いにいっとるはずや」
「どげんな顔、しっとらっしゃるか」
「大事ぃな、あととり息子なんで」
「嫁も決まったと聞いとったしなぁ」
「となり村の器量よしと、もっぱらのうわさだったが」
「これでさい先いいと、仲間うちでは、うらやましがられていたぞぅ」
船頭のなかまで話をしてるところに、安吉の母親が転がるように走りよってきた。
「あぁぁあ、安ぅの船が、こげんことになっとるっちゅうはぁ」
体をよじるようにして泣きさけび、端切れ板を胸にかきいだいた。
「なぁ、おっかさん。安吉は、ほんとうにあんな嵐の夜に、船ば出したんかねぇ」
「なんもかもねぇだ。きんのう、安と口ばげんかをしてのう」
安吉の母親は、泣きながらも気丈に、きのうのことを話し出した。
「さいきん嫁が決まったとたん、船頭を休むことが多くなった。小島の多いこの浜では、大事ぃな船頭だでと、しかったんだが、ぷいと出ていったきりで」
「そりゃあ、安ぅもうれしかことで、うかれとっかんかねぇ」
「きつう、しかりとばしたんやないけん。まさかひと晩帰ってこんちゅうことはと、ふしだらにも、もう嫁ばのとこにでも、いっとるんかと」
「それが行っとらんのかねぇ」
「朝はように、使いば出したら、嫁は来とらんというに」
安吉の母親は、ぶつぶつと、となえごとをして、海に向かって手を合わせた。
「わぁあぁ、安がぁ。海から手をばふっとるよ」
安吉の母親は、腰をぬかさんばかりにおどろきながら、波まのかなたを指さしていた。
「やぁ、安が海の中からあらわれた」
「手をばふって、もどってくるぞ」
「ななっ、なんかに乗っているぞ」
「まさか!大がめかぁ」
「今の世に、浦島じゃぁなけんのに」
「えぇぃ、ありゃあイカダだ」
「おぉぃ安う、どげんことにぃ、なっとるちゅうねん」
「あぁあ、むこう島で、嵐の止むのを待ってたけんど。船さ流されてなぁ、困っていたんだが」
「安吉、心配させよってからに」
安吉の母親は、涙でくしゃくしゃになった顔で、浜に上がってきた安吉をだきしめた。
「おっかさん、わしは嫁ばもらえることで、海さこわくなっとったよ。そこで、むこう島で1人でもがんばれると気ぃひきしめてきたんだが」
「気いだけしめても、船さなくなったら。おまえはまだ半人前だで、いきなり一人前はないぞ。嫁とだんだん家さ作っていけろ」
安吉は、母親にだかれながら、うんうんとうなずいた。

しろやま会員  かど まさこ



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