もうすぐ春と云うのに、まだ寒い日のつづく、山間の小さな村のできごとでした。 
            「たかしくーん、たかしくーん」 
            村の人たちが1日じゅうさがしまわりましたが、見つかりませんでした。3年生のひろ子は、たかしくんのことを気にしながら、学校へ行きました。 
            帰り道も、(たかしくん、見つかったかなあ)と思いながら、県道から家の方へまがった時でした。 
            どこからか、子供の泣き声が聞こえてきたような、気がしました。 
            (おや?)と思って耳をすまして、聞くと、たしかに子供の泣き声です。(もしや、たかしくんでは……)ひろ子は、声が聞こえる方をさがしました。 
            声は四枚田の方からでした。四枚田は、同じ大きさの田んぼが、4枚角をそろえて、大きな田んぼに見えるのです。 
            四枚田は、ひろ子の家からも近くに見えるのです。昔は大きな野井戸があって、その井戸から水をくみあげて、いねを作っていたのですが今は、木のふたをして、わらがつんであります。 
            (声は四枚田だ……)ひろ子は四枚田へ向かって走りました。あぜ道はどろんこと、かれ草に足をとられてなかなか進めません。 
            はあはあ、いきをついて、やっと井戸につきました。 
            やっぱり、泣き声は井戸の中からでした。細い声が聞こえました。井戸のふたに、してあった板がくさっていて、中がすこし見えました。 
            ひろ子は、カバンを田んぼに、ほうりなげると、急いでふたの上の、かれ草や、くさったわらをはらいのけました。 
            「四枚田の井戸には、ぜったいに近づいちゃいかん」と子供たちは親から言われ、村人たちも近づきませんでした。 
            四枚田の井戸には、こわい伝説があったのです。それをひろ子は、すっかり忘れていたのです。 
            それは、ひろ子の生まれる、ずっと前のことです。四枚田の井戸に落ちて死んだ人がいました。村人が引上げたとき、まだ若い人だったのに、頭には毛が1本もなかったのです。 
            それからでした。夜になると「毛がほしい、毛がほしい……」と、死んだ人の声が呼ぶと、村人はおそれて、だれも近づかなくなり、そんな伝説がうまれたのでした。 
            それだけではありません。今でも、井戸の土をそっと頭につけると、はげ頭に毛がはえると、言われますが、そんな事をする人は1人もいないと思います。 
            ひろ子は、たかしくんのことで、こわい話もわすれていました。井戸の上の枯れ草や、わらを引きづり落としました。 
            くさって、ずれた板のすきまから、うすぐらい中が、少し見え、泣き声が聞こえました。 
            「だれ!、たかしくーん?」 
            (まちがいない、たかしくんだ) 
            ひろ子は、声でわかりました。 
            「だいじょうぶ、まっててー大人の人を呼んでくるからあ」 
            ひろ子は、ころがるように、あぜ道を走り、大人の人たちに知らせました。ひろ子の知らせで、村人たちが、かけつけました。 
            たかしくんが、いなくなったとき、ひょっとして四枚田は、と思った人もいたが、大人も子供も行くとは思わず、たしかめませんでした。 
            大人の人は、我先にと井戸へ入って、たかしくんを助けました。 
            
            たかしくんは、無事助かりました。助けられた、たかしくんのうでには、しっかりと市松人形がかかえられていました。 
            村も静かな村にもどりました。ひろ子もまた、いつもの道を通って学校へ行きました。たかしくんは、市松人形を持ってあそんでいます。ある日、たかしくんが「井戸の中には毛がいっぱいあって、あったかかったよ」と話してくれました。 
            ひろ子は毛の話は、もういやだと思っている時、たかしくんが、人形の毛がのびたので切ってくれと持ってきました。前がみが本当にのびていました。たかしくんの市松人形はお嫁に行った、お姉さんにもらったそうです。 
            たかしくんの事件のあと、ひろ子は勇気ある子と村人から、ほめられました。 
            井戸は、しっかりと土を入れてうめました。そしてその上に1本の柱が立てられました。 
            何が書いてあるか、ひろ子には読めません。 
            しろやま会員  中川 かなめ  |