

“逸話が多く残る唐松の井戸”

塚のてっぺんに立つ地蔵尊

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椋岡地区の平泉寺南付近を友人と2人で歩く。立春は過ぎたが、風は冷たく肌寒い。
最初に「唐松の井戸」を見る。古井戸はガードレールを隔てた田んぼの一角にあり、四方を柵で囲まれる。
いびつな20個ほどの大きな石が井戸を囲む。今まで見てきた手の加わった地蔵や石碑とは違うが、“石造物”として紹介される。
唐松の井戸には、いくつかの逸話が残る。
平安時代、天台宗山門派の祖慈覚大師(円仁)は淳和天皇の命により平泉寺を開創したと伝わる。その慈覚大師は日照りで水に苦しむ村人を助けたとされる。
―井戸には1滴の水もない。大師は道に落ちていた石を拾って、ふき清め、経文を書き井戸の中に投げ入れる。一心不乱に読経をすると水がこんこんと湧き出してきたー
慈覚大師が祈とうしたゆえんで“延命の水”としてのうわさが広まり、遠方から水をくみに来た人もいたようだ。
「いつも元旦には井中に松影見ゆるとなん。されども近きあたりに松の木なし」(『尾張名所図会巻六』)。地元の人が井戸の周りに松を植えても枯れてしまうとのこと。不思議な場所でもある。古井戸に水がたまる。濁った水に映るものはない。
神秘的な場所を後にして、道幅1mほどの細い坂道を北に向かう。上り切った場所の右側にこんもりと盛り上がった塚がある。塚のてっぺんに高さ30cmほどのかわいらしい地蔵が立つ。
「平泉寺南の地蔵尊」。この地蔵も慈覚大師とつながる。『町文化財調査報告書』では、「生き埋めとなった賊の悪霊にうなされる里人を救うために、慈覚大師が地蔵尊を建立した」と解説。
塚のすぐ後に建つ民家を訪ねる。夫婦で地蔵にまつわる話をしてくれた。「お花を供えて話しをすると、不思議ですが穏やかな気分になります。元気で暮らせるのもお地蔵さんのお陰かなあ」と奥さんは笑顔で話す。
「唐松の井戸、地蔵さん、平泉寺の本堂が立つ場所は一直線上にあると聞いたことがありますよ。慈覚大師との深い因縁ですかねえ」とご主人が説明してくれた。
知多四国十六番札所平泉寺に立ち寄る。本堂前に立ち「地蔵尊」、「唐松の井戸」の方角を眺めた。「うまく言えないけど、何か感じるよね」。「そうですね」。静かに境内を去った。 |