広報あぐい

2014.09.01


広報あぐい トップ » その他(1)

イチョウの木とほとけさま

〜みんなの童話〜

 大きな、大きなイチョウの木が、古いお寺にありました。
 秋も終わりのころ、イチョウの木の下には、黄色い葉が、たくさん散っていました。
 お寺には、りっぱなほとけさまが、まつられていました。
 ほとけさまは、もう、ずいぶん昔から、ずうっとすわったままでしたので、腰がいたくて、いたくて、こまっていました。
(いちどでいいから、この腰を思いっきりのばしてみたいのう…)

 月のきれいな夜でした。
 ほとけさまは、少しあいていたとびらから、庭をのぞいて、おどろきました。
(おぉ!、なんという美しいながめじゃ!)
 庭いちめんに散ったイチョウの葉が、月のひかりにてらされて、黄金色おうごんいろにかがやいていたのです。
 ほとけさまは、どうしても庭に出てみたくなりました。
 そこで、かたくなっていた足をのばして、ゆっくり立ちあがり、一歩、一歩、落ち葉をふみしめてイチョウの木の下まで、歩いて行きました。そして、腰に手をあてて、せなかを大きくのばしました。
(あぁ、気持ちがよいのう…)
 ほとけさまは、うれしくて、うれしくて、なんども腰をのばしました。そして、はらはらと葉を落としている、イチョウの木を見上げて、声をかけました。
「イチョウの木よ。そなたもわしも、この寺で、わしはすわったまま、そなたは立ったまま、長いこと、ともに過ごしてきたのう…」
 イチョウの木は、ほとけさまにはじめて声をかけられたので、とても、おどろきました。
「はい。気がとおくなるほど長く、ここに立っております」
 からだに似合わず、小さな声でした。
「たまには、横になってみたいとか、どこか遠くへ行ってみたいとか、思わないかね?」
 ほとけさまは、たずねました。
 イチョウの木は、しばらく考えていましたが、さっきより少し大きな声で、こたえました。
「ほとけさま、わたしは、ここに立って、時のうつりかわりを見ているだけで、じゅうぶんです」
「ほう、それはまた、よくのないことじゃ…」
「はい。わたしは、とてもしあわせ者です。
 これから、冬の寒さに耐えるのは、つらいですが、あっという間に春がきます。
 新しい芽が出て、葉がしげり、鳥や虫たちが集まってきます。木の下であそぶ、こどもたちの、にぎやかな声もきこえます。
 夏は、夕すずみにくる、おとしよりたちの話の、おもしろいこと、おもしろいこと!
 秋になれば、また、今夜のように、葉が黄金色にかがやいて、散っていきます。
 そんな日々のくりかえしです。
 それでも、わたしは、この日々が、ずっと変わらないで続いてくれることを、こころから願っています」
 月のひかりが、やさしくイチョウの木と、ほとけさまをてらしています。
「そうよのう…。そなたの言うとおりじゃ! わしも、みんなを守っていかねばのう…」
 ほとけさまは、深くうなずきました。

「それにしても、このイチョウの落ち葉は、ふかふかのじゅうたんのようで、気持ちがよいのう…。
 こよいは、ここで、しばらく横になっていこう!」
 ほとけさまは、イチョウの葉でしきつめられた、じゅうたんの上に横になりました。
 そして、しずかに目をとじて、つぶやきました。
「これぞ、ごくらく、ごくらく…」
 ほとけさまは、とてもしあわせでした。


しろやま会員 いとう けいこ