広報あぐい

2013.05.01


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こいのぼり

〜みんなの童話〜

 山里を流れる谷川の岸辺にもようやく春がやってきた。淵の中に住む鯉も、川底までさしこむ日射に春を感じた。寒くて長い冬を淵の底ですごした鯉は、岸辺の春が見たくなった。
 尾びれを振り身体をくねらせると鯉は川底から一気に水面を突き破ってジャンプした。
 山側の岸の大きな岩、反対側の土手の満開の桜、新しい芽を出した岸辺の木や草花達、十年前、二十年前とも変らぬ美しい春の風景に鯉は満足だった。
 背びれを突き出し浅くゆったりと泳ぐ鯉はふとゆらぐような影を感じて空を見上げた。そしてゆうぜんと泳ぐ巨大な鯉の群れを見つけた。
「私より何倍もありそうなあの鯉たちはいったい何者なのだ」
 群れをなし、何列も並んで泳ぐ巨大な鯉に川の鯉はびっくり、いそいで川底にもぐると穴倉に住むなまずの長老に聞いた。
「はっはっはっ、鯉さんもおどろいたかね。あれは鯉のぼりといってな、男の子どもがいる家の庭で泳いでいたんじゃよ」
「ほう、大きな池のある家じゃのう」
「いやいや、あの鯉は空で泳ぐのじゃよ。背の高い棒の先に付けると上手に泳ぐのじゃよ」
「そういえばさっき見た鯉はずいぶん高いところで泳いでいるから何か変だとは思ったがのう」
「わたしらなまずとちがってな、鯉はめでたい魚でな、人間に大切にされてきたんじゃよ」
「わたしたちがなぜめでたいのかのう」
「それはな、まずは長生き、次は滝をも登る強い力、そして姿の美しいことかのう」
「なまずさんや、うれしいことをいってくれるのう」
「男の子が生まれた家ではのう、きそって大きな鯉のぼりを上げたもんじゃ」
 なまずの長老は物知り博士、なんでも知っている。
「なまずさん、そんなにめでたい大切な鯉のぼりがどうして川の上で泳ぐことになったのかのう」
 なまずの長老は、人間の世界は子どもがへって山里では老人ばかりなのだと話した。
「そういえば、夏になっても子どもたちが泳ぎにこなくなったのう」
 何十年も淵に住む鯉がいった。
「子どもたちの巣立った家の鯉のぼりは物置の箱に入れられたままじゃよ」
「都会の孫に送ればよかろうに」
「いやいや、都会の家には広い庭などないし長い棒もない」
「そうかそうか。ビルの谷間では鯉のぼりはむりじゃのう」
「ところがな、ある町で物置の鯉のぼりをいっぱい集めて川の上でおよがせたんじゃ」
「おお、それは良いことを思いつかれた。わたしは箱に入れられたままの鯉のぼりさんがかわいそうに思えたんじゃ。鯉の仲間じゃからのう」
 鯉となまずの話はつきない。

「お父さーん、早くきてここにも鯉のぼりが泳いでるよ」
 久し振りに元気な子どもの声だ。鯉は水面近くで耳をすました。
「ここだここだ。父さんが子どものころ泳いだところだ。大きな鯉がいたなあ」
 この淵に長く住む鯉はわたししかいない。わたしのことをおぼえていてくれたと、鯉はうれしかった。

「ねえお父さん、♪屋根より高い鯉のぼり♪とうたうけど何かへんだね」
「どうして、鯉のぼりは家の庭で屋根より高く上げるものだよ」
「うそだあ。今日自動車の窓からずうっと外を見てたけどね、川の上で泳ぐのは何回も見たけど、屋根の上で泳ぐのは一っぴきも見なかったよ」
「はっはっはっ、そうだねえ、ちかごろは庭の高い棒の上よりも川の上で何びゃっぴきが群れで泳ぐのがふつうになったねえ」
 親子の楽しそうな話し声を聞いて鯉はうれしくなった。
「そうか、明日は子どもの日だ。あの親子も町からいなかに住むじいちゃんばあちゃんに、あいにきてくれたんじゃな。よかったのう。」
 鯉はくいっと尾びれを振ると、ゆったりと川底に向って泳ぎ始めた。

しろやま会員 ヒビノ トクスケ