2012.05.01
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「一番になろう」
おれさまは、全身に力を込めた。
そのころ滝の上では、一番ごいをねらう釣り人たちがいた。口々にこれは見ものだとか、一番めをわたしが釣りたいとか言いあい、釣り糸をたれてかまえていた。
滝をのぼりきった。おれさまが一番だ。急におだやかな流れになる。やったぞっ、と大口を開けた。
そのとき、口に針が引っかかった。ふりきろうとパクついたが、針は、よけい口に食い込んできた。
「いったーイ」と、おれさまは思わず大声を上げた。
すると、プッチーンと糸が切れた。体がはねとび、宙に踊りあがった。そして、水の中にポチャンと落ちた。
「うっほっ、おれさま助かった」
と思い、うれしさで飛び上がった。釣り人は、一番のりのこいを釣りそこない、おれさまは運がいいと思った。
しばらく川をさかのぼると、川の上の綱に、ヒラヒラとひるがえっているものたちがいた。
「うわぁ、きみらは特大に作ったコイ? どうしてそこにいるの」
おれさまはびっくりして聞いた。
「ぼくらは、飾りのコイのぼりです。家での役目を終えたからね。これからは、道行く人に楽しんでもらおうと、川に張った綱につながれているのです」
大きいコイが答えた。
おれさまは、なんだかむずかしいことを聞かされた気がした。
おれさまに役目があったか?
今までに、なにかしたのだろうかと思った。
「そこは、だれでも仲間にはいれるところかい」
「役目を終えたものならな」
色あせたコイが答えた。
役目を終えたもの・・?
そんなことおれさまにはわからん。
だが、水から出て空を泳いでみたくなった。そこで思い切って飛びあがり、綱をガブッとくわえた。
体が、風に吹かれてユラユラとゆれた。やさしい風が、滝のぼりで疲れた体をふわっとつつむ。
おれさまは、一生懸命に滝をのぼったから、まぢかに空を見たことがなかった。空がこんなに青くまぶしいとは、知らなかった。
「おうい、空よぉ。どこまで青いんかぁ」
つい大声を出してしまった。
気づいた時には、くわえた綱を放していた。
体が、またまた宙にはねた。こんどは風にうまくのり、おれさまの体は、空たかく飛んでいった。
そこへトンビが一匹やって来た。
「おい、きみはいったいなんだ」
トンビは、空飛ぶこいをじろりとながめた。
「きみは、水の中にいるこいか」
「あぁそうだけど、なにか変か」
「やっぱり。きみのうろこがな。あちこちはがれかけているのさ」
「むむっ、おれさまのうろこが」
そういえば、さっきからのどがかわいたと思ったのは、そういうことかと、言われて気づいた。
(おれさまもにぶくなった)
こいは、空の上から下を見た。はるか下に、海があった。
「ややっ、海じゃ困ったなぁ」
「あれっ。きみ、ひょっとして、帰りの道がわからないのかい」
トンビが笑った。が、おれさまは小さなひれで飛ぶしかなかった。
トンビが、おれさまのそのすがたが気になったのか、急にやさしい声をかけてきた。
「なんだかしょんぼりしているが、大丈夫か?」
「あぁ、なんとかね」
おれさまはやっと返事をした。
「じゃおいらが道案内してやる」
トンビのしんせつな声に、ついなみだ声で、ぜひたのむと、おれさまは頭を下げた。
「疲れているなら、背中に乗るか」
と、トンビはやさしかった。
ありがとう。でもがんばると、返し、おれさまは、トンビの後についてとんだ。水面すれすれになると、トンビがすくってくれた。
しばらく飛び、「さあこのへんで」と、大きい川に着けてくれた。
おれさまは心から礼を言い、水の中にすべりこんだ。水になじむ体が、気持ちいいと思った。おれさまは、ゆっくりしたペースで川をさかのぼることにした。
しろやま会員 かど まさこ
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