白沢地区八幡社の本殿を81歳の長老が案内してくれた。
「本殿が完成したときに、東西から二手に分かれて、青年団が木遣節を歌いながら威勢よく棟木を祝いこんだなあ。どちらが先に入るかで、もめごとになったが、元気のよかったわしら西が先に入ったよ」
阿久比町文化財調査報告『阿久比の建造物と彫刻』の中で、紹介される八幡社本殿の「木鼻」を見ることが今回の目的。木鼻とは、「鼻は端という意。頭貫、虹梁、肘木など横木の先端が柱を超えて出たものに、装飾的な彫刻を施したもの。鎌倉時代の禅宗様、大仏様に起こる」と解説される。
拝殿の後方にある本殿は、昭和27年に改築されたもの。玉垣で仕切られ、近くに寄ることはできない。正面の部分に2本の縦柱があり、その柱を支えるため前横に頭貫、後ろに虹梁が取り付けられ、直角に交わる左右の2カ所に「木鼻」がある。正面が「獅子」、横はゾウのような長い鼻と牙を持つ「獏」の彫刻が施される。頭貫の中央上部には「龍」、脇障子にも、きめ細かな彫り物が見られる。
獅子や獏の木鼻は「大仏様」の建築物に多く装飾されたようだ。鎌倉時代初期、重源が東大寺再建に当たり宋の様式を採り入れて創始した建築様式が「大仏様」。もとは寺院で使用されたものが、神社でも使用されるようになった。
地元の大工職人が本殿造営に関わった。当時、熱田神宮に通い、造営についていろいろな手ほどきを受けたとのこと。山車彫刻で有名な「新美常次郎(彫常)」の名前も記録に残る。大工職人と彫刻師の調和が後世に残る立派な本殿を築き上げた。
「腕のいい大工さんたちで、1人は、わしより6つ上の先輩。今でもこの場所でお参りする姿を見掛けるよ」と長老。神社境内で開かれる「津島祭」予告の張り紙が目に付いた。「木遣節を歌いながら祝い込んだころが懐かしいよ。もう少しすると、今年もまたにぎやかになるなあ」。長老の背筋が真っすぐに伸びた。
普段気にすることもない、伝統的な建築様式が身近で見ることができた。「木鼻なんて初めて聞く言葉でした。造り手の『侍魂』を感じましただましいよ」と友人が言う。「『侍魂』はサッカーW杯の見過ぎだろう。それを言うなら『職人魂』だろ」と私が返す。 |