名鉄電車が走る田んぼを挟んで向こうとこっちがある阿久比町。
古地図を見るとそこは海でした。
地形の専門家、岐阜大学の出村先生は言いました。
「この土地の形こそ、 阿久比町らしさ!!」
あぐい町の
―なぜ風景は大事なのでしょうか
阿久比町には「観光資源があまりない」と言われますが、昔ながらの風景に、とても魅力があると思います。それに今、各地で「風景は町の資産になる」と見直されているんです。暮らし心地のよさを作ることも観光資源になるんですよ。
地図にある「英比川」、これを昔は「あぐいがわ」と読んでいました。「英比」は「あぐい」だったんですね。
江戸時代のこの古地図では、横松の下あたりまで海が入り込んでいたそうです。もっと昔は、オアシス大橋のあたりまで海だったという説も。横松の上は、萩、宮津など今もある地名が載っていますね。
―この町の風景のよさはどこでしょう。
町の中央に田んぼが広がり、その中を名鉄の赤い電車が走る。知多木綿のノコギリ屋根の工場も味がある。そして、権現山には童話「ごんぎつね」の世界。物語の中に、いま自分たちが暮らす風景が刻まれて言葉になっていることって、なかなかないですよね。
―観光や暮らしにどう繋がりますか。
もし、いま挙げた景色が壊されたら、どう感じるでしょう。例えば、神奈川県の真鶴町は、リゾート開発計画があったそうですが、住民たちが、長く続いてきた風景のよさに気付き、共有できたことによって、町の魅力が守られました。その結果、想いのある転入者が増えたそうです。
―風景を町ぐるみで見直すには?
まず「この風景はいいね」という共感を町の人みんなで持つことが大切です。それには「○○みたいだよね」と見立てたり、風景にチャーミングな名前を付けたりして、言葉にするのが大事です。例えば、権現山は、何も知らない人にとってはただの山。だけど、地域の作家・新美南吉の童話「ごんぎつね」が生まれた場所だと知ったら、見方や想いが変わりますよね。「想いを寄せて見る対象」を作ると、それは際立つ存在になる。それを共有すると固有の風景になり、「よい風景を持つ地域」として文化になるんです。
―あぐいらしい風景はどう探せばいいのでしょうか。
地形や歴史、営みを知るのがヒントです。以前、阿久比町民と外の人が一緒に町歩きを行い、風景を言葉にする試みをしました。すると、多くの素敵な「見立て」が生まれました。特に「阿久比川周辺が海のように見える」という声があり、古地図を調べたら、今より川幅や河口が広く、海が入り込んでいた。だから今も町の中央が低いんですね。川の周辺は、稲作に適した粘土質の土壌が広がり、さらにその西側と東側は緩やかな丘で、道が入り組んだ地形が特徴。カーブした道や小川、斜面に沿って、家や神社仏閣がある。一方、東側の住宅開発地は区画が直線的で、対比が面白いですね。建物は、防腐のコールタールで黒く塗った壁や塀が残っていて、印象的です。
―暮らしの心地よさとの関係は?
町を歩いて「心地よく暮らしてきた痕跡」から探してみましょう。まず、地形に沿った建物に居心地のよさが感じられます。また、見晴らしのいい場所に神社仏閣やお墓があり、ご先祖様への敬意も感じました。ちなみに、町を囲む丘陵地はなだらかなので、空が広がり、夕陽に人や建物のシルエットが映えるのも、この地形のなせる技です。
―阿久比の心地よい暮らしを守るにはどうしたらよいでしょうか?
前述の真鶴は、今も昭和のような「普段着の暮らし」があり、そこに住民が共感しているそうです。そして、新築や改築の際、町に馴染むものを作り、町の魅力を保っているのがポイントです。阿久比も、昔ながらの心地よい風景と暮らし、文化を活かしていくことが、十分できるはずです。
- 『懐宝尾張国郡全図』
- (西尾市岩瀬文庫 所蔵資料)
なにげなく見ていた
土地の形だって
どこにも似ていない
阿久比町らしい個性。
土地の形だって
どこにも似ていない
阿久比町らしい個性。


風景を考えることは、
どう暮らしたいかを
考えること
どう暮らしたいかを
考えること


- 出村嘉史(でむらよしふみ)
- 岐阜大学社会システム経営学環 教授。専門は、都市形成史・景観計画。京都大学助教、英国Sheffield大学客員研究員、岐阜大学准教授を経て現職(2021~)。2024年TU Delft客員研究員兼任。歴史を紐解いたうえで、都市や地域を魅力的にする活動を行なっている。2020年度土木学会論文賞受賞。

