―卜部さんは、住民から、「美しい風景を守って、住民の生活はよくなるの?」と聞かれるそうですね。
以前はそうでした。でも今は、住民に「この町の生活がいい」という認識も広がり、空き家が活用されて賑わう状況も生まれています。
―好転した経緯、ぜひ知りたいです。
真鶴町は、神奈川県の小さな半島の町。人口は7,000人と小規模で、主な産業は漁業・農業・石材業・観光業。
そして「過疎」「若年女性の減少」「地場産業の衰退」「空き家の増加」といった課題もあります。でも徐々に宿泊者・移住者・商売を始める人が増えて。ある夫婦は、東京や鎌倉で洋服や雑貨を扱っていましたが、真鶴の海が見える森に惹かれて転入。理由は、他の町だと高い建物が建って眺めが遮られそうだけど「真鶴は美の条例が私たちの暮らしを守ってくれているから」と教えてくれました。
―どのような条例なのですか?
真鶴の美の条例は、80年代後半のリゾート開発に対して「景観や暮らしを壊さず、守っていこう」という運動から生まれたもの。その条例をもとに冊子も作られ、守り続けたい風景・人・暮らしの工夫が69のキーワードで例示されています。この町では、何かを新築・改築・開発するとき、その例を参考に、風景と暮らしを大切にしているんです。
―よくある景観条例の、高さや色が数値でルール化されたものとは違うんですね。でも読み解くのが難しそう。
では、「美の町」といえばどこが浮かびますか? 京都、金沢、ヴェネチア、パリ? 次に、「美しい」と聞いて浮かぶものは? 海、山、夜空、建築、宝石、絵画、音楽、自然と暮らしが一体化している風景、思いやりの心やおばあちゃん、心が動くもの? いろんな答えがありますが、『美の基準』とは、きれい=美しいというより「思いやりの心が美しい」と感じることに近いかもしれません。
―具体的にはどんなことでしょう。
もともと真鶴の建物は、この土地で採れる材料を使ったり、町の生業にちなんだ装飾がある。だからそれを取り入れようとか。また細い路地裏が多く、そこにはプランターや、お世話されている道祖神があり、行き交う人が和むようになっている。それをなくさないようにしようなど。『美の基準』には、「コミュニティが美しい景観をつくる」という考え方も盛り込まれているんです。
―キーワードでいうと?
例えば「人の気配」。建物に窓があると安心感がありますよね。なので窓を作ろう、せめて道路側には作ろう、と例が載っています。次に「小さな人だまり」。真鶴はご年配が多く、それぞれが「MY人だまり」を持っている。ある人は眺めのいい階段、ある人は屋根付きの駐車場に置いたベンチなど。そういうのもなくさないようにしようと。「人間ありき、コミュニティが息づく生活風景」を大切にするキーワードが選ばれているんです。
桜坂
みどりの中に家
阿久比のお化粧
くろいつぎはぎ
ぎざぎざの空
ごんの気配
萩のスカイライン
―阿久比の日常と似ていて、すぐ参考になる例が多いですね。もっと町が好きになり、長く住みたくなりそう。
朝市や遊び場など、真鶴では、住民の皆さん自らのDIYで、港町の暮らしや風景をつくる楽しさが広がっています。阿久比にも、昔ながらの風景だけでなく、優しくて温かい町民のコミュニティがありますよね。
それが暮らしの中にあり、美しい景観と、豊かさを作ってきた。若いファミリー層が増えている阿久比なら、さらに豊かな未来が目指せそうに感じます!