わらも屋や根ね瓦がの飛んでないとこはねえぜ。」「うん、ほんとだのう。……まさかこんな大きな台風がやってくるとは思わなんだ。28年の13号の時も大きかったが、今度のと比べると問題にならん。あれからしばらく大風が来なんだし、ラジオで大きいと聞いてはいたが、まさかここへやって来るとは思わんかったでのう……。」「わしんとこは、ちょっと内輪の祝いごとをやっとっての、みんな一ぱいきげんで、台風ぐらい、なんだと、言うもんだから……。晩方風が強うなって、そこらじゅう放りっぱなしで行っちゃうし、飲んべえなど、這はって帰っていく始末で、あとがわやだ。雨戸を釘く打ちするのが精いっぱいだった。」「風が東から南への変わり時がいちばん強かった。停電で真っ暗なうえに、懐中電燈も電池が切れかかっとるし、大きなローソクはないし、金か槌づも釘も見つからんし……。雨戸け雲が切れて、星が光っとるのが見えた。ああ、これが台風の目というもんだなあと、何となくほっとしたもんだが、そのあとがいかなんだ。西からの吹き返しで、また命の縮まる思いだったぜ。」「おれは今、ちょっと回ってきたが、だいぶ家が倒れとった。かたいだ家もあったし、無傷なのは一軒もなかった。これはえらいことだと思って歩いていたら、自転車を押してくる人が、半田の東側がえらいことになっとるそうだ。源げ平ぺ橋から本町まで潮がおし寄せて、家はみんな流れてしまったらしい。この分だと、だいぶ死人が出とるぞと言った。その話をみんなにしてきたら、半田に親類のある衆は、みんな顔色を変えて出ていったがのう。田んぼは池のようになっとったから、どこか堤が切れとると違うか。なにしろ、道にも木の枝やら材木やらが散らばって、歩くのに難儀した。古釘が出とるから、気をつけんとが弓のようにしなって、初めはみんなで押さえとったが、畳をあてがって、タンスや棒をかっといたが、雨が天井からボタボタ落ちるし、家はギーギー音を立てるし、床板が持ち上げられるし……。」「ゴーッと風が鳴って、瓦やいろんな物が雨戸にバタバタ当たっとった。ああいう時は、ガラス戸はさっぱりあかんのう。おれは毛布を巻き着けて難儀して外へ出てみたが、柱にしがみついて見ていると、音はせんのだがイナビカリがピカピカ光る中を瓦が木の葉のように舞っとった。」「おれの家は、表の戸が取れたら、裏の戸が全部飛んじゃって、中にある物が音を立てて動き出した。家中、壁のかげで、ふとんをかぶって震えとった。」「あれは十一時ごろだったか、ぱたっと風がやんだんで、雨戸をこじあけて、木の枝やら板などの間を気をつけて出てみると、頭の上だ いんちなぎ33155154
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