大正も末に近いころの、ある朝のことです。まだ雨戸を締めたままの家が多いというのに、高岡の房ふさんは、西の街道沿いでうろうろと何かを捜し求めておりました。するとそこへ、一人の男がやってきました。房さんの姿をしばらく見ていた男は、ツカツカとそばへやってきます。「あの、もし、そこのお人……。」声をかけられて、けげんそうに振り向いた房さんは、その男の次の言葉に、びっくりして飛び上がりました。ま、そうだとすると、神様はどっかに埋まっとられるに違いない。とにかく二人でお捜しいたしましょう。」まもなく房さんと寅さんは、がけ下の溝にほとんど埋まってしまっている白山様のご神体を見つけ、丘の上にお祀りすることができました。矢口の寅さんと高岡の房さんは、白山様のご縁で、親せきづき合いをするほどの仲よしになりました。おたがいに農作業の手伝いをし合うし、旅に出るのもいっしょでした。ある日のことです。─房さんが寅さんの家へ飛んできました。 や 寝た地 さ つ雲らくん「ああ、わしも夕ゆんべ見た。」「わし、寝たお地蔵様の夢見た……。」天竜川の上流の、とある辻に草に埋もれた寝姿のお地蔵様がおられて、おまえたちの所へ祀まってくれ。』「もしや、あんた、白は山さ様をお捜しと違いますか……。」「へい、そのとおりですが、あんた、どうしてそれがお分かりで……。」「わしは、矢口の寅とというもんですだが、ゆんべ不思議な夢を見ました。紫の雲が部屋いっぱいになって、その奥から、『わしは白山の神じゃ。いま土に埋もれてまことに困っておる。どうか早う掘り出してと言われる声が聞こえてきた。そこで目がさめてしまって、朝までうとうとしておって、外が少し明るくなってきたんで、早速ここへやってきたら、お前さまがうろうろしてらっしゃるから、もしやと思って声をかけましたんじゃ。」「へええ、なんとまあ、わしが昨晩見た夢とそっくりだがな。不思議なことがあるもんですのう、二人とも同じ夢を見るなんて……。行きたい、早くつれに来いと言われたのです。を旅立ちました。りと甘い空気が満ちておりました。二人が通っていく川堤への農道の左右には、今年の豊作を約束するかのように、やや黒味を帯びた稲の葉先には露の小玉が光り、道端の草もしっとりと濡ぬれておりました。て、ダラダラと長い坂道へかかったとき、次第に乳色の朝靄もが立ちこめてきました。それが、濃くなったり淡くなったりして二人を包み始めます。か。人は、ふと、申し合わせたように歩みを止め、前方をすかし見ました。濃い靄を押し開くよ相談のうえ、あくる日の朝早く、二人は家真夏の未明は、そよ風も心地よく、ひんやところが、二人が福住を通り、板山を抜け坂の頂上付近に着いたころだったでしょうなんとなく黙りこくって足を進めていた二第三十九話紫 の 蔵様夢のお告げ143142
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