みやえんち いわ べるんてならねえ……。」「今さら、それを言ってみたところで、どうにもなるもんでねえ。とにかく急がにゃあならんぞ。」「庄屋さまあ、もうあかんぜ。ほれ、見なせえ、水の色が黄色くなってきた。この分ぶじゃあ、白沢・福住で堤が切れたに違いねえ。」「うむ、これはいかんな。だれかすぐ半鐘を鳴らしてきてくれ。みんな引き上げるぞ。堤を北に逃げてくれ。おまえとおまえは手分けしてみんなに知らせるんだ。鎮守の森も危ないから、もっと高みに女・子供を上げよと言ってな。みんな気いつけて行くだぞ。」庄屋の声は、強い風雨の中で悲鳴のように聞こえました。これは、明治32(一八九九)年9月下旬のことです。二日ほど前から、阿久比谷の一帯はています。「おれたちは、このままじゃあ埓らがあかんと、今朝十人ばかりで落田の切り込みの堤を切り開いて水を落とそうとしたんだが、岩滑の連中が駐在さを引っ張って来て、すぐやめろと言うんだ。やめんとつかまえてしまうと言うから、仕方がねえ、みんな逃げたんだが、源げさだけが文句を言っとって、つかまっちまった。」「おれは村役をやっているからということで半田の警察へ昼からもらいさげに行ったんだが、どうしても許してくれねえ。」「おれもついて行ったんだが、警察じゃあ、おまえたちが困っとることは分からんじゃあないが、勝手に堤を壊すのは、お上かの法に触れると言うんだ……。」「岩滑や半田と話し合って、その上で警察の許しを受ける届けを出せって……。」「昔、勝手に川を東に曲げといて、水をこっ雷を伴う大雨に見舞れました。幸いに強い風はなかったので、家屋の倒壊はなかったものの、皆が心配していたとおり、阿久比川も、それに流れ込むいくつかの支流も、各所でズタズタに堤防が切れ、ここ植大地区の田も、すっぽりと銀灰色の泥水に覆れて、まるで巨大な池か海のようになっていました。「おい、こんなことってあるかい。このままじゃあ、水の中に漬かっとる稲は全滅だぞ。」「大体、杁いがたった二つばかりで、あれだけの水がはけるわけがねえ。今まで何度も広げたいと申し入れても、岩や滑なや半田の連中がちっとも動いてくれねえから、こんなことに何度もなるんだ。」の人が集まっていました。かがり火の光に浮かびあがった人々は、てんでに鍬くやスコップを引きつけ、一様に目をギラギラ光らせながら、立ったり座ったり、声高にしゃべり合っちへ落とすなと言い張っとるあの連中が承知するわけがあるもんか。」「おいおい、そんなことを言い合っている中に田んぼは全滅だぞ。警察が向こうについていようがいまいが、とにかく今水を落とさなんだら、取り返しがつかんことになるぞ。」「このままじゃあ、今年は一粒もお米がいただけなくなるぞ。」「おい、構うことはねえ。今からみんなで出かけて、堤に穴をあけてしまおうじゃあねえか。」「そうだ、そうだ。悪いのは向こうだ……。」今まで何度も腹に据すえかねる思いをしてきた人々です。隣の大古根、高岡、矢口、椋岡から稗ひの宮みの人まで続々と応援に駆けつけてきます。とうとう大変なことになってしまいました。し入れの四斗樽で気勢をあげると、二手に分植の部落の地蔵堂の前には、夕方から大勢夜の十時ごろだったでしょうか。人々は差樋 門 争 117116
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