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つみ ぶく   いん─。いのさ音3333333っこ33333安あ政せ2(一八五五)年旧暦8月31日の午前のことでした。昨日から重く垂れ下がった灰色の空には、低い雲の固まりが次々と北上し、ときどき大粒の雨が強くたたき始めておりました。「のう、お父っつあん。ひどいお天気になりそうじゃないか……。」「うん、たいしたことにならんといいが…。」「去年の11月は大地震でこの家もだいぶ壊れ、やっとこの間住めるようになったばかりというに、今度は大風だ。あの地震の時は本当にこわかった。ぎょうさん家が倒れ、堤つがくずれて、生きた心こ地ちもなかった。お前さんはそっちへ出かけてしまい、わしらは揺れ返しの度に掘ほ立たて小屋の柱にしがみついとった。それでも、今年は暑さが続いて、この分だとどうにかお米がとれそうだと喜んどったに……、のう、なんかのたたりだろうか……。」「何をいつまでもぶつくさ言っとるだや。このぶんだと、川の堤が切れるかもしれぬ。とにかく、子供たちを鎮守さまへ逃がせるよう支度しといた方がええぞ。」雨戸にたたきつける雨の音で、宮津村の与よ作ささは、女房へどなるような声で言いました。「……のう、お父っつあん。……半鐘が鳴っとらせんかえ。」「……うん、鳴っとるな。とうとう堤が危あなくなったらしい。あれは、集まれの合図だ。わしは出かけて行かなくちゃあならん。おまえ、こんど半鐘が鳴ったら、子供たちを連れて逃げるだぞ。」すがりつくような女房へ、ちらと目をやってから、口をへ3の字に結んで、手早く蓑み・笠かで身を固め、二、三度足踏みしてワラジの具合を確かめたあと、ガタビシの雨戸をこじあけて飛び出していきました。とでしょうか。横なぐりに吹きつける雨と風の中を、堤防のあちこちで、声をかけ合いながら杭くを打ち俵を必死に積む人々の姿が右往左往していました「おおい、水に呑まれんように気いつけてやるだぞ。……ここへもっと土俵を持ってきてくれ……。」「のう、大体、川下のもんが勝手に川筋を東へ曲げたり、洲すの中を耕したりするから、堤が切れやすくなったんだ。おらあ、腹が立っ息をつくように間をおいてはきしみ出した与作さは、固まり合っている子供たちと、 ─それから、どのくらい時間がたったこ第三十二話半 鐘 の 堤が切れるぞ115114

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