聴きいてはもらえませぬか……。」鳴き声をお聞きになりましたでしょうか。板山の安あ楽ら寺じの裏山を観か音の山やと言います。このお山には、「庄屋さま、どうしても、わしらのお願い、「のう、皆の衆よ。この度の大変な日照りに、なんとしても雨がほしい必死の願い、わしもよう分かる。わしとしても、お伺いやらご祈き祷とやら、あらゆる手だてを尽くし、皆の衆にも、いろいろと合ご力りを頼んできたが、いまだに、その効ききめが現れてこぬ。この上は、残された道は、あの鎮守様の神面だけだが、だがのう、これだけは、わしはどうしても気が進まないの明め和わ5年7月、阿久比谷には一ひ月の間、一〝朝日の当たる一本すすきのもとに金の鶏が埋めてある〟という伝説が残っています。があると、掘り出してみようという人が出るものです。坂部城もそうでしたが、昔、この観音山のあちこちを掘って回った人がありました。かわりに、たくさんの小さな五輪塔が掘り出されたそうです。には、奈良時代から鎌倉時代にかけての大昔に、都の優れた文化を持つ有力な豪族が住み、お山には、金色に輝くみ仏を祀まった大きなお寺が建てられていたのではないでしょうか。この金の鶏の伝説は、観音山が仏のお山として大切に敬われてきたことを表しているのかもしれませんね。じゃよ……。」粒の雨も降りません。次第に川は涸かれ、ため池も干ひ上がり、そして、田は亀の甲こ羅らのようなひび割れを見せ始めておりました。いつの時代でも、どこでも、そういう伝説でも、どうしても金の鶏は出てこず、そのこのことから考えますと、このお山の近くすでに、稲の葉先は白くよじれ、村人が自 うきうひび割れ う いと くんんんまつ33お山の金鶏 第二十四話かわずの面8786
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