HTML5 Webook
5/90

子供たち、暮らしのありさまとそこに広がる村のたたずまいが猫が日なたぼっこしている縁側で、おばあさんが針仕事をしながら、ぽつり、ぽつりと聞かせてくれた「兎の運んだ仏様」の話、夕涼みの縁台で隣のおじいさんがキセルをポンポンやりながら、思い出したように語ってくれた「唐松の井戸」の話などいろいろ思い出されてきます。私たちは、四季折々に色彩を変える自然の中に、そして、風物の中にむかし話と自分との出あい、ふれあいの姿を重ねて見ることも、目に見えない縁の中にある自分を感ずるのではないでしょうか。過去と現在、人と人を結ぶ役割がむかし話には備わっていると考えると、今の時世ではじっくりとむかし話を味わう心と時間の余裕も、語り継ぐお年寄りも少なくなってしまったことを本当に残念に思います。親と子の、しみじみとした対話が少なくなり、親子の断絶が問題になっている今日、むかし話こそ祖先伝来の心の伝達に役だち親子の心の糧となることと信ずるものです。むかし話を語り継ぐということは、郷土愛を育くむということではないでしょうか。確かに荒唐無稽な話もあります。全国各地でみうけられる話もあります。でもそこかしこに私たちのふるさと〝阿久比町〟の香りがしみこんでいるように思います。この地方特有の言葉、なまりが伝わってくるではありませんか。どれ一つをとってみても先人が夢をふくらませた私たちの郷土固有なむかし話─阿久比の文化にほかありません。先達の足跡、文化を後世に伝え残すことは行政に課せられた大きな役割の一つです。今般、町制施行三十年を記念し、むかし話を出版することになりました。多くの方々のご協力を仰ぎこれまで埋もれていたむかし話を発掘し、ここに四十三話を収録することができました。むかし話とふれあうことにより、よりよい人間関係がますます深まるように、また、この冊子を手にされた方が語部としてご活躍くださることを心から祈念してやみません。現在の話題がいつの日か、むかし話となることを願いつつ発刊のことばとします。   昭和五十七年十一月三日                  「むかし話」なんと人の心に温もりと郷愁にも似た懐かしさを覚える言葉でしょう。親から子へ、子から孫へと幾世代も語り継がれてきた数々のむかし話のなかから、先人たちのさまざまな姿が浮かびあがってきます。名前はむろん顔も知らないおじいさんやおばあさん、愛知県知多郡阿久比町長は じ め    333 に  ─。   

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る