ずかな手兵が、信俊の長子小こ金き丸ま、次弟吉き安あしく、いちばん頼りになる三河西に郡ご城主の祖父俊と勝かは一年半前の水み野の信の元も殺害を怒って城を捨て行方知れずになっており、義母お大だの方は、岡崎へ出向き、応援を頼めそうもありません。しかも、すでに佐久間の軍は城近くまでひしひしとおし寄せておりました。老臣坂部藤十郎は、奥方と二人の幼い主君に、さとすように言います。「多勢に無勢、殿のおられぬこの城の命運はすでに窮まりましてござる。どうか、奥方様・若君様、ひとまずこの城を抜け出され、再起をお考えくだされ。大お野の領へお逃げできれば、奥方様のご実家佐さ治じ様が必ずよきように取り計ってくだされましょうほどに。」すると、正面の座に着いていたわずか七歳の小金丸が、幼い肩にいっぱいの気き負おを見せながら、きっぱりと言いました。がらせていました。小金丸は、しばらくの間、唇をきゅっとかみしめておりましたが、奥方に向かって言いました。「母上さま、わたしたちは立派に戦って父上のおそばへ行きます。しかし、母上は女だから、早くこのお城から逃れてください。」城代家老も言葉を添えます。「奥方様、若君の申されるとおり、女どもを引き連れ、早々に退転くだされ。奥方様はただ今身み重おのお体。どうぞ、ひそかにお腹のお子様を産まれ、久松家正統の御血筋だけは絶やさぬようにしてくだされ。それが、亡なき殿、雄々しい若君やわれらへの何よりの供養でござる。」奥方は、どうしてもわが子と共に城でと言おりょう いもけぶお 炎ぎい みくっお いずつしぶとしるんるちん丸まと若い奥方を守っているのみでした。折悪「わしたちも坂部のお城の後継ぎだ。お父様に死なれて、ここでわしらが逃げては、阿久比の子は卑ひ怯き者よと、いつまでも言われ、お父様の正しさは晴らされまい。たとえ、人は少なくとも、わしらは小さくても、立派に戦って見せるぞ。」なずいています。城兵たちの目には感動の涙が光りました。たちの方へ向きなおると、強い声を響かせます。「皆の者。若君のけなげなお覚悟を聞かれたか。この上は、最後の一兵になっても、阿久比のつわものの意地を見せてやろうぞ。」「おーっ」とこたえる城兵たちの背後には、次第に漆し黒この闇やがせまっておりました。城内にたかれたかがり火が、パチパチと勢いよく音を立て、居並ぶ人々の影を大きく浮かび上い張りました。でも、幼いとはいえ城の主の命令や老臣・城兵のすすめには、従わなければなりません。……夜の闇に紛まれて、奥方はじめ城中の女・子供たちは、裏山づたいに、草木の生い茂る深い谷へ身を隠しました。「ああっ、お城が燃えているっ。」した。雲の如き大軍が喚声をあげて襲いかかります。すでに城下の侍屋敷や寺々には火がかけられています。第に傷つき倒されていきます。そして、奪われた大お藪や目め付つの高台から大弓で次々と射かけられた火矢で、城は黒煙を吹き出しました。「若君っ、若君はいずれにおわす……。」「おお、爺じか、たいそう手傷を負ったな。」「なんの、これしき。なれど、いよいよ最後でござる。爺がご最期をお見届けいたします五歳の弟吉安丸も、けなげにこっくりとう涙をおしぬぐった老臣坂部藤十郎は、家臣翌朝、佐久間軍のいっせい攻撃が始まりま数少い城兵も必死に防ぎ戦いましたが、次紅 8382
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