しろょうぶとゅうほび んゃう ういんるしうえけざ くいんちん え ら333うちうたのにゃ永え禄ろ3(一五六〇)年の秋のことでした。ょう草木村の豪農多た左ざ衛え門もは、村の鎮守八は幡ま社の境内にさしかかっていました。かれは毎朝、多賀神社から、このお社やと、下隣の正し盛せ院いへ、五穀豊ほ穣じ・村内安全の祈願に通うことを日課にしているのです。振り返ると、草木川をはさんだ広い帯のような田は、すっかり取り入れが済んで、ただあちらこちらの水たまりがキラキラと輝いて見えました。今年も豊年だった……、満足そうに目を細めて眺めやってから、きびすを返したかれは、ふと、社し頭とにぬかずく一つの人影を認めました。いろいろと働いてきた。ことに、あの桶狭間の合戦の際は、殿のそばをつかず離れず守護し、あの雷鳴とどろく中を、真っ先かけて突き入り、名ある大将首をあげて、勇んでおそばへ駆けつけたのだが返ります。「なんと、これは……前ま田だの若様ではござりませぬか……。」「おお、多左衛門どのか。」る雄々しい武士で、人なつこく白い歯並みを見せながら、なつかしげにほほえみかけます。「まあ、若様、なんといたされましたか。若様は夏の初め、まるで鳥が飛び立つようにここをお出ましになったきりで、その後お姿も見えず、前ま田だ与よ十じ郎ろさまと、もしや、桶お狭は間まか鷲わ津づ・丸ま根ねの戦いでと、毎日心配しておりました。ようこそご無事で。……それで、御殿様のお許しは出ましたのでござりますか。」「……いいや、それが……。」若武者の顔に、苦しみと悲しみの影がよぎります。「この村を出てから、わしは殿の御おために、……、殿は冷たく顔をそむけたままであった。ならばと、再び敵の中へ駆け込み、いくつかの兜か首くをあげたけれども、ついにお誉ほめの言葉はいただけなんだ……。」肩を落とした武者の頬ほに、涙が一すじ二すじきらりと流れました。「……木き下し藤と吉き郎ろや兄あ者じたち、水野どのや久松どのまで取りなしてくだされたのだが、きついお怒りは解けそうもない……。」「……お力落としはなされまするな。いつかは、いっとお許しが出ましょうほどに……。」「ここでしばらく縁者の前田与十郎どののもとに置いてもらって、そなたたちにもいかい世話になったが、近く美濃攻めにかかられるに違いないから、荒あ古こで次の機を伺いたい。それで、多左衛門どのに頼みがある。これなる刀一振りと旗一流は、わしがこたびの戦に用いた品、戦勝御礼と心願成就を祈るため、ご神前に奉納したいと思うのだが……。」足音に祈りの静寂を破られたその人が振りそれは、二十を少し越したばかりと思われ第十六話鎮守の神宝6160
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