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いらぎ柊ひの大木の根元に埋めたそうじゃが、角のあ古この大軍が日本へ攻めてきたとき、天子さまざう  んいう くらつ  くらのかつんいう  ろ太郎君は、学校の宿題で郷土の伝説を調べることになり、早速物知りおじいさんに聞いてみました。「椋岡の平へ泉せ寺じに、魔ま除よけ不ふ動ど、またの名を尾張不動尊という国の重要文化財にもなった立派な仏さまが祀まられていることを知っているかい。」「うん、名前だけは聞いたことがあるよ。」「さて、その椋岡と言うのは、椋む原は村と角つ岡お村という二つの村が一つになってできたんじゃ。その角岡という地名はな、今から千百五十年も前のこと、村の西の山に一匹の鬼が住んでおって、子供をさらったり、村を荒らよう』と言って、鬼を埋めたところへ行ったんだ。そうすると、地中から、『わたしが鬼です。どうか、ここから出してください。もう決して悪いことしませんから』と泣いて頼むので、お坊さまは、ありがたいお経を唱えながら塚の柊の木を切り倒したそうな。塚から出てきた鬼は、何度もお礼を言いながらどこかへ行ってしまったそうなが、お坊さまは、切り倒した柊の木で、立派なお不ふ動どさまを刻きみあげたんじゃよ。」「それが今、平泉寺にあるというわけだね。」「そうなんじゃ。それからお坊さまは、村人たちといっしょに、お堂を造り、そのお不動さまをお祀りしたんじゃよ。『これは悪魔除けの不動尊だから、よく信心しなさい。』と言って、この地を去って行かれたんだ。したりしたそうな。村人たちは困ったすえに、領主の英え比び麿まさまにお願いしたそうじゃ。早速家来と山狩りをして、その鬼を退治し、る鬼を岡に埋めたので角岡というようになったんじゃよ。」「フウーン、地名ができるって、おもしろいもんだね。」「それからは村は平和になって、村人たちは百姓に精を出していたのだが、数年後の夏のことじゃ、その夏は日照りが何日も続いて、稲は枯れ、飲み水さえもなくなり、伝染病が流行し、たくさんの人が死んでしまったそうだ。たたりではないかと言い出した。『それでは、私がそのたたりを解いてしんぜの井戸に水を湧き出させた、偉いお坊さまだったんだよ。英比麿さまは、気の優しいお方だったので、村の人たちは、きっと閉じこめられた鬼のそのとき、一人のお坊さまが通りかかり、このお坊さまは、慈じ覚か大師といって、唐か松まそれから四百年くらい経った文ぶ永え11年、蒙も第五話尾張不動尊2322

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