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第127号(令和元年10月)海外地方行政調査 フランス編2

[2019年10月9日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

輝く稲穂と子どもたち

皆さんこんにちは。

今年は彼岸花の開花が例年より遅く、10月に入ってから見ごろを迎えました。温暖化は阿久比川、矢勝川の四季の景観にも影響を与え始めているのでしょうか。心配になります。日中は暑い日が続いていますが、朝夕は過ごしやすくなりました。夜のとばりがおりるころには鈴虫が澄んだ音色を奏で始め、季節の移り変わりを感じられます。黄金色に実った稲の収穫に汗しているお顔が見えるのもこの季節です。いつまでも四季の移り変わりが楽しめる稲穂の国でありたいと願うばかりです。

町内の保育園や小中学校では運動会が行われ、子どもたちが地域の方や保護者の前で競技を披露してくれています。町中に響き渡る元気な子どもの声ほど嬉しいものはありません。子どもの声には未来があり、光があり、生命の輝きを感じます。皆さんと一緒に、次世代を託すこの子らを見守っていきたいと思います。

今回はフランス紀行第2章(最終章)をお届けして、第55回海外地方行政調査ドイツ・フランス報告を終えさせていただきます。


5月22日(晴れ)

この日は移動日で、フランス国鉄が運行する高速鉄道TGVに乗ってパリへ向かいました。今回は地方の田舎町を主な視察対象としていましたが、「花の都パリ」がどのような大都市かも楽しみにしていました。午前9時43分アビニョン駅出発のTGV6112便でパリへ向かいました。ホームに滑り込んできた列車の到着時刻は、日本ほど正確ではありませんでしたが許容範囲内でした。しかし車掌の対応は不親切ですし、車体の汚れがとても気になりました。車内はテーブル付きの6人向かい合わせの席でした。車窓から麦畑などフランスののどかな農村風景を眺めているうちに幾度か睡魔に襲われそうになりました。置き引きがよくあるため、添乗員の方は立ちっぱなしで旅客のトランクの見張りをしてくれていたそうで、恐縮してしまいました。

午後0時30分にパリに到着し、中心部にあるヴァンドーム広場に向かいました。

首都パリの人口は225万人ほどで、ファッション、アート、カルチャー、グルメなどの世界の中心地です。ヴァンドーム広場にもカルティエ本店をはじめピアジェ、ブルガリなどのブランドが店を構え、ホテルリッツ・パリが貫録を示しています。このような一等地に、視察先である自治体国際化協会(クレア)パリ事務所があることにまず驚きました。この協会は、自治体の国際化推進を支援するために組織されたもので、東京都と香川県から派遣されている職員の方がフランス地方制度について教えてくれました。

説明によるとフランスは13州、96県、1263広域連合、3万5443コミューン(市町村)という多層的構成になっており、役割としては、州は地域計画や国土開発を、県は社会福祉や県道を管理しているとのことでした。広域連合には99.7%のコミューンが参加していて、課税権を有する「連合型」と有しない「組合型」があるそうです。コミューンの85%は人口2千人未満で、97%が1万人未満で廃棄物や小学校の施設管理をしているそうです。

フランスでは、地方制度の考え方が日本とは大きく異なると思われます。基礎自治体であるコミューン(市町村)の97%を人口1万人以下の自治体が占めるのが私達には考えられないことでした。日本では地方自治体の合併が推進されてきましたが、訪問したゴルド村のように人口が少ないことをあまり気にしていないのを見ると、フランスでは小さな地方自治体であっても自治運営ができる仕組みが整っているようです。広域連合という日本には無い体制がその役割を担っているのかもしれません。

政治や地方自治機能は、各国が歴史を重ねるうちに住民合議の上に造り上げてきたものですが、フランスの特徴は小さな自治体と広域行政の連携が複雑に絡み合って発展してきたように見受けられました。共和制という体制で歩んできたことと関連しているのかもしれません。日本で地方の過疎化が進み、小さな自治体が増えている現状と課題を解決する糸口が、フランスの地方自治の中にあるのではないかと考えつつ事務所を出ました。別れの際に事務所職員の皆さんにアグピーのピンバッジをプレゼントして、「阿久比町の地形とフランス国土の地形が似ていると感じているから、機会があれば似た地形同士で友好関係を持ちたいものだ」と大風呂敷を広げてクレアを後にしました。(似ていると感じているのは私だけでしょうか?皆さんはどう思われますか?)


フランスと阿久比町の地形比較

フランス国土と阿久比町の地形

フランスと阿久比町の地形比較



 ヴァンドーム広場から、ルイ・ヴィトンの本店などが立ち並ぶ全長3キロメートルのシャンゼリゼ通りをバスで抜けて、エトワール凱旋門へ向かいました。2018年11月にガソリン税への不満から端を発した政府への抗議活動「黄色いベスト運動」がシャンゼリゼ通りに並ぶ高級有名店を収奪したため、今でもコンクリートパネルで囲われ休業中の店もありました。そのせいかパリジェンヌの姿も多くは見かけませんでした。

有名なエトワール凱旋門が夕焼けをバックに、どっしりと構えた姿を車窓に見せ始めました。シャルル・ド・ゴール広場にある凱旋門を中心に、放射状に道路が伸びているため、バスも凱旋門を3分の2ほど回って目的地(宿泊ホテル)への道に入り本日の視察を終えました。


凱旋門

夕焼けを背にそびえるエトワール凱旋門

凱旋門

翌日のエトワール凱旋門

5月23日(晴れ)

 いよいよ最終日を迎えました。この日はパリ市内をバスと船から視察し、パリを実感する日程です。

まずはバスでエッフェル塔に向かいました。映画などでも見慣れた塔なので期待せずにいたのですが、均整のとれた姿は美しく、パリの象徴にふさわしいシンボルタワーでした。1889年に完成したエッフェル塔は、高さ324メートルで1930年まで世界一高い建造物でした。名称は設計者のギュスターヴ・エッフェル氏から命名したそうです。フランス革命100周年を記念して開かれた万国博覧会の目玉として建造され、以後さまざまな難局を経て今日に至っています。教会よりも天に近い建造物であることへの宗教的非難や芸術家による賛否両論の渦に巻き込まれ、何度も解体の危機があったそうです。あのエッフェル塔ですら、風雨の試練にとどまらず世間の非難に遭いながらも現存してきたのですから、私達がもめ事や非難にさらされるのは当然のことかもしれません。そう思った途端に、私は日頃のモヤモヤが吹っ切れました。今一度塔を眺めてみると、周りに高い建物のないシャン・ド・マルス公園に一人立ち尽くすブロンズ色のエッフェル塔は美しく、クールでありながら孤独な寂しさも持ち合わせた有機体に思えて親近感が湧きました。「鉄の貴婦人」と誰が名付けたものか、実に言い得て妙です。


エッフェル塔

シャン・ド・マルス公園から見たエッフェル塔

 この後セーヌ川の対岸に建つルーブル美術館を見ながら昼食会場へ向かいましたが、美術館の大きさ(総面積6万600平方キロメートルの展示場所)に驚きました。38万点以上の収蔵物がある世界最大級の美術館です。元々はフィリップ2世が12世紀に要塞として建設したルーブル城であり、歴代の王が増改築をしてルーブル宮殿として使われていました。そしてルイ14世がべルサイユ宮殿に移る際、ルーブルの役目は王室の美術品コレクションの保管場所となり、今のルーブル美術館開館への流れとなりました。今回のスケジュールでは時間が無く見学できませんでしたが、外見だけでも目にすることができ、幸いでした。セーヌ川沿いのレストランの対岸には建設足場で囲まれた教会があり、ロケーションの悪いところに店を出したものだと思っていたところ、「これが先日火災のあったノートルダム大聖堂です」との説明を聞いて慌ててカメラに収めました。尖塔が焼失し全容が大きく変わってしまっていたので、視察団の皆さんが「せっかくフランスへ来たのに運が無いね」と残念がっていました。しかし考えようによっては、ノートルダム大聖堂の歴史上、尖塔の無い貴重な写真が撮れるのは今しかないわけですから、私はポジティブに捉えてシャッターを押し続けました。


ノートルダム大聖堂

修復中のノートルダム大聖堂

 その後、添乗員の機転でオルセー美術館に立ち寄り、印象派を中心とする19世紀以降の美術作品を鑑賞する機会を得ました。元々1900年に開催されたパリ万国博覧会に合わせて建てられた鉄道の「オルセー駅舎」を1986年に美術館として改装し、大屋根の下の空間を上手く利用したものでした。広いスペースでは混雑もなくフラッシュを使わなければ写真撮影も許可されており、ゆっくり鑑賞することができました。収蔵品はマネ、モネ、ルノアール、セザンヌ、ドガ、ゴッホ、スーラなどなじみ深い有名な作品ばかりで、美術教科書の中に迷い込んだ錯覚に陥るほど「芸術の都」を堪能することができました。午後はセーヌ川を遊覧し船上からパリの街を眺めました。行き交う遊覧船では小学生の遠足一行が歓声を上げて手を振ってくれました。子どもたちの元気と無邪気な笑顔は万国共通でした。


私

ミレーの「落穂拾い」の前に立つ私

 パリにはヴァンドーム広場やシャルル・ド・ゴール広場のほかにも、マリーアントワネットが処刑されたコンコルド広場、フランス革命で襲撃されたバスティーユ牢獄があったバスティーユ広場、ノートルダム大聖堂に面したサン・ミッシェル広場など多くの広場が点在していることが印象に残りました。広場には高層建築物が無く、空が広く空間を確保でき、すこぶる良好な都市環境を保てることに気付かされました。また歴史的建造物や美術館が多く「芸術の都」として華やいでおり、さすが年間外国人観光客数世界一の都市であると感心した次第です。残念なのは道路の渋滞が多いことと、フランス料理にありつけなかったこと(これは私たちの予算の問題)です。

そうして午後8時30分発のJAL046便に乗り込み、ジェット機の翼越しにパリの灯を見下ろして、大西洋単独横断初飛行の米国人パイロットリンドバーグの言葉「翼よ、あれがパリの灯だ」を想い出しながら、11時間55分かけて帰路につきました。


終わりに

今回の視察で文化や思想、地方行政や生活スタイルなど、比較考量する機会を得たことは大変参考になりました。

ヨーロッパでは環境について大変意識が高く、ゴミ袋やストローなどのプラスチックから自然エネルギー利用の問題まで法規制を強化して取り組んでいました。また、公共交通では、トラム(市内電車)事業に多くの町が取り組んでおり、自動車だけに頼らない街づくりが進んでいるように思えました。交差点改良では信号機を取り外し、ラウンドアバウト方式を取り入れていました。この方式では交差点の真ん中は島のようになり、通行できません。島の周辺を円形道路として、交差する道からは全て一旦停止で安全確認をしたのち円形道路(一方通行)に侵入させるものでしたが、大変スムーズでした。

人口減少の時代に入ったわが国は、ヨーロッパ圏が経験してきた「縮減社会の中での持続可能な地域の生き方」を真剣に研究し、日本独自の超少子高齢化社会の生き方を創出し、「ジャパンモデル」として世界に示していかねばならないと強く心に思いました。

また、民主主義における権利と義務について、国民としての自覚を考えさせられる機会となった視察でした。

長い文章をお読みいただきありがとうございました。徒然なるままに想い出しながらしたためましたが、記憶違いがあるかもしれません。町長がこの視察で何を感じて帰町したのかをくみ取っていただければ幸いです。


今後もこの経験を生かして、町民の生活を守るために頑張ってまいりますのでご指導ご支援をよろしくお願いいたします。


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