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第129号(令和元年12月)令和元年を振り返り

[2019年12月24日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

新しい時代の予感

皆さんこんにちは。節目の年であった令和元年も残りわずかとなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

今年を振り返ってみると、私は2月に平成の天皇陛下御在位30年宮中茶会にお招きを受けて、皇居へ参内させていただいたことが最も記憶に残る出来事でした。令和になってからも多くの祭祀(さいし)が執り行われ、一連の皇位継承行事も無事に終わり嬉しい限りです。

元号が変わったという新しい時代の予感に、『心機一転』の気持ちになられた方も多いのではないでしょうか。


全国町村長大会

11月27日に全国町村長大会が開催され、全国926の町村長がNHKホールに集まり、国や政府に地方町村の現状を訴えるとともに重点要望を決議しました。

特に緊急決議として、「防災・減災対策の更なる強化・推進に関する緊急決議」が決定されました。今年も台風15号・19号によって全国の多くの町村で大雨による河川の氾濫や土砂崩落による災害が多発し、堤防・道路・急傾斜地の崩壊や浸水など、想像を絶する自然災害が起きました。被害を受けた町村は不眠不休で復興を行っていますが、それにも限界があり、国や県の更なる支援が必要です。また、この異常気象が地球温暖化の影響であるならば、CO2などの温室効果ガスなどを出さないための対策にも、国を挙げて取り組んでいかなければなりません。根を正さずして枝葉を剪定していても木が育たないことと同じです。

また、「農村価値の創生に関する特別決議」も決定され、食料の供給や水源の涵養(かんよう)、国土の保全などの都市部を支える役割を、人口の少ない町村の農村地域が受け持ち取り組んでいることに重点を置く要望を行いました。農業農村政策の推進においては、農政に関する国と自治体との協議の場を設置することなどを要望しています。

平成の合併前は町村の数も多く町村長の声も大きかったのですが、合併により市に吸収され多くの町村の名が消えてしまいました。淋しい限りですが、今後は地方行政の健全化がこれからの日本を左右することになると私は考えます。全国の町村長と手を取り合って、頑張ってまいります。


皇居内大嘗宮

11月14日・15日に大嘗祭が取り行われた大嘗宮を見学しました。大嘗宮は、皇居内の江戸城大奥跡の芝生広場に造営されましたが、12月中に撤去されると聞いていたので、「この機会を逃しては残りの人生において見る機会はない」と、皇居を訪れました。
東京駅から皇居広場を目指すと、多くの人が坂下門へ向かって先を急いでいました。予約制ではないので、おのずと早歩きで最後尾に並び、手荷物検査を受けて坂下門から皇居に入りました。思えば2月の宮中茶会では車寄せで乗降車していたため、今回初めて皇居の中を歩かせていただきました。
江戸城時代からの坂下門や大手門、隅櫓(すみやぐら)や百人番所などの建物が残されており、門内にも多くの石垣が組まれていました。石垣の角を曲がるたびにガラリと景色が変わり、敵の侵入を防ぐために考案したであろう江戸城築城への思いが感じられました。坂下門から百人番所を右手に見ながら中の門跡を抜けて本丸跡の大芝生に出ると、前方に大嘗宮が見えてきました。大奥跡に建てられているのですが、まずは本丸と大奥の跡地の広さに驚かされます。本丸・大奥とも建造物はなく芝生広場となっていますが、焼失していなかったならば、私たちはさぞや立派な御殿を目にしていたことでしょう。

大嘗宮の建物の周りは仕切られていて、多くの見物人が列をなしていました。大嘗祭に使われる建物は30棟以上と聞いていましたが、見たところそれほどはないように思えました。主な建物は正面に廻立殿があり、左に主基殿、右に悠紀殿がありました。身を清めたり、全国の食べ物を神にささげて共に食する場であったりと、それぞれの建物に役割があるとの説明でした。
まず私が驚いたのは鳥居でした。鳥居は思いのほか小さく、皮の付いた丸太木で組まれていました。木皮付きの鳥居は見たことがなかったので、その素朴さに驚きと新鮮さを感じました。説明によれば皮付きの丸太木で造られたものを「黒木造り」と言うそうで、悠紀殿などの柱も同じく皮付きの「黒木造り」だそうです。天武天皇時代からの祭祀が受け継がれているとはいえ、この質素に見える建設物の造営のために清水建設の宮大工が総出で臨んだとのことでした。なお建築費は9億5,700万円だそうです。材質は唐松、杉、ヤチダモが多く使われており、私が驚いた鳥居も北海道から運ばれた皮付きのヤチダモの木だそうです。大嘗宮を見学し終わると、目の前に四角形に囲まれた石垣が現れます。これが天守閣を支えていた石垣です。天守閣自体はありませんので、名古屋城と大きさを比較することはできませんが、敷地面積から私が思っていたよりも小さく感じました。このまま平川門を出れば地下鉄の駅にも近いのですが、せっかくですので二の丸庭園まで足を延ばし、大手門から皇居を去ることにしました。


鳥居と大嘗宮の建物

黒木造りの鳥居と大嘗宮の建物

石垣

天守閣の石垣

都道府県の木が植えられた雑木林が作られていて野山を散策している気分で進むと、小堀遠州作の池泉回遊式庭園の二の丸庭園が現れました。池の大きさと配置されている庭石、ほとりに植えられている木々は、人の手が入れられているにもかかわらず、実に自然で心を和ませる素晴らしい庭園でした。歴代の徳川将軍が心を癒された場所であったと想像できます。

これまでは皇居外苑のお堀や二重橋付近の光景しか印象になく、今回見学させていただいて皇居(江戸城)の概要を知ることができました。エリアは正門や二重橋、皇居宮殿のある「吹き上げ御苑」と、今回見学した本丸・大奥・天守閣跡や二の丸庭園のある「皇居東御苑」とに二分されます。吹き上げ御苑には、皇居宮殿や宮内庁、天皇の祭祀をつかさどるところなど私たちが思う皇居があり、それに対し、東御苑は旧江戸城の面影を残す庭園といった感じでした。恐らく私たちの知らない多くの秘密もまだまだあるのでしょうが・・・。そんなことを考えながら大手門を後にして帰路につきました。


庭園

皇居内の庭園

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