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第128号(令和元年11月)個人と社会

[2019年11月13日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

文化の咲く町

皆さんこんにちは。

夏が暑かったせいか菊の開花が例年より遅れ、「阿久比町みんなの菊花展」の審査の日に花が咲きそろっていない地区もあり、今年の菊作りのご苦労がしのばれてなりませんでした。それでも11月2日の表彰式は晴天に恵まれ、秋空の下、色とりどりの自慢の菊が会場を飾り、40回目となる令和になって初めての菊花展を無事に終えることができました。

また11月3日の「文化の日式典」では、町功労者や永年勤続者の表彰、感謝状の贈呈を行わせていただき、喜びと笑顔に包まれた穏やかな一日となりました。平和の上に文化は花開くものではないかとつくづく実感しました。

そして文化祭「みんなの美術展」では、私も新旧役場庁舎の写生画を出品させていただきました。町民の皆さんの素晴らしい作品を前にして恥ずかしい限りですが、記憶から薄れゆく旧庁舎と、町民の集う新庁舎を描いて良かったと思います。

皆さんも恥ずかしがらず、これからもどしどし出品してください。楽しみにしています。


孫とおばあちゃん

孫の子守りをしていて思うことがあります。それは「個人と社会」の関係です。孫は言葉も話せずようやく歩くことができるようになったばかりですが、喜怒哀楽の感情をしっかり表し、世話をしているおばあちゃんを手こずらせています。やってはいけないことを教えるために繰り返し注意し、徐々に声も大きくなりますが、言うことを聞いてくれません。孫は孫で、自分の欲望のままに繰り返しいたずらをします。おばあちゃんをうかがうようにいたずらを仕掛け、見つかると愛くるしい笑顔を見せながら手を引っ込めます。その都度叱られ具合を計っているのかと勘繰りたくなるほどです。

人間が欲望を満たそうとするこの力こそが、生命力の源であるのかもしれません。しかしこの欲望が多くの争いの源でもあるのです。おばあちゃんが教えようとしていることは、社会の中で生きていくためのルールであり常識です。しかし、孫にとっては社会もルールも関係なく、自分のしたいことに立ちふさがり邪魔をするおばあちゃんは壁でしかないのです。

私たちは個人の欲望を野放しにすれば争いが起きることを知っています。また、一人では生きていけないことも知っています。社会の中で争わず共存できる人間関係を保つために、誰もが認めるルールや考え方など常識の中に身を置いて共存し、自分を守っています。
今、私たちはICT(情報通信技術)によりスピードアップされたグローバルな社会の中で生活しており、価値観も多様化して、誰もが認め合う常識を保てなくなってきている気がします。生活の中で失敗を繰り返しながら修正し作り上げてきた常識やルール、法律を、現在の社会のスピードに遅れることなくこれからも作っていけるのでしょうか。そして常識のある孫(個人)にしつけるおばあちゃん(社会)はどこに存在するのでしょうか。

と、孫の子守りをしていて考えさせられました。

社会の出来事を解決するために、私たちは委員会、理事会、総会、議会や裁判所など話し合いの場を持たなくてはなりませんが、この場のスタートラインは「誰もが同じ位置に立つ」という公平・平等のルールの共通認識が前提であることを忘れてはならないと思います。


「はっけよーい」相撲の取り組み時間が来たようです。

今場所は横綱鶴竜が休場で残念ですが、横綱も平幕の力士も、相撲のスタートラインは仕切り線に手をつくことから始まります。シンプルな勝敗のルールですが、行司の軍配に疑問がある時に「物言い」を付けるのは、競技者ではなく土俵下の4人の審判員であり、審判員の協議によって勝敗が決定されます。このルールを考え出した日本人の常識こそが、現代の世界が求めているモラルではないでしょうか。

そうこう考えているうちに「同時に体が出ており取り直し」の一番になったようです。孫の子守と同時に相撲を見ることも、たやすくはないようです。


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