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第123号(令和元年6月)縁の地を訪ねて

[2019年6月19日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

梅雨入り

皆さんこんにちは。草花にとってはうれしい梅雨入りも、私にとっては雨がまた降るのではないかと洗車をしようか迷ってばかりで、結局いまだにしていない今日この頃です。なぜか洗車をすると次の日には雨が降ってしまうので・・・。

しかし農家の方にとっては待ちに待った雨です。これで田への水不足も一息つくことでしょう。

身近に自然や農地があり、バランスのとれた利便性がある私たちの町は、田に水が張られることで都会のようなヒートアイランド現象が起こりません。住宅地においても快適に過ごせる阿久比町を、私はしみじみ素敵だと思います。

全国町村会視察

先日、全国町村会の財政委員会の視察で、愛媛県の内子町と愛南町を訪れました。

セントレアから早朝のフライトにもかかわらず、機内は驚きの満席でした。私は松山市には特別な思いを持っていましたので、車輪が滑走路に付いた時には「ついに来たぞ」と感激しました。

なぜなら松山城の城主は、阿久比城主の末裔(まつえい)であるからです。お大の方は、徳川家康公を出産された後に離縁され、阿久比城主である久松俊勝氏に再嫁されました。3男3女をもうけましたが、その一人である定勝の子、定行が松山へ移封され、松山城主となり幕末まで続きました。昭和になってからも、26年から46年まで愛媛県知事を久松定武氏(昭和34年4月阿久比町名誉町民)が務めるなど、阿久比とは大変縁の深い土地柄です。

のどかな市街地を路面電車がゆっくり走り、松山城の山麓にある県庁へ向かいます。お城の周辺にある「萬翠荘(ばんすいそう)」は、久松定謨伯爵が1922(大正11)年に建てたフランス風洋館別荘で、国の重要文化財に指定されているとのことでした。近くには私の好きな司馬遼太郎の「坂の上の雲ミュージアム」もあり、時間が許せば周辺をゆっくり散策したい気持ちでした。

ところが、思いばかりが募って先走りして、肝心なことを忘れていました。その日が月曜日で休館日だという悲しい事実。仕方なくすごすごと空港まで帰り集合時間まで待つことになってしまいましたが、阿久比のお殿様の末裔(まつえい)が築いた松山を知ることができ大変うれしく思いました。

愛媛県庁

松山城の山麓にある愛媛県庁

その後、皆さんと空港からバスで1時間ほど南に行った内子町へ向かいました。

町長の出迎えを受けてから、町並みが保存されている地区を「ねき歩き」しました。「ねき」とは内子の方言で「近く」、「近場」という意味だそうです。保存地区は、江戸後期から大正にかけて栄えた町屋や豪商屋敷の家並みで、漆喰(しっくい)が多く使われた「白壁の町並み」として名が知られ、映画「坊ちゃん」のロケ地にもなりました。蝋燭(ろうそく)の原料となるハゼの実から取り出した植物油(木蝋)の生産により、大正期までは多くの財が内子にもたらされたそうです。その後、電気の普及により徐々に産業の勢いがなくなっていったそうですが、八日市護国重要伝統的建造物群保存地区を歩いてみると、当時の栄華がよみがえってきます。文楽、人形浄瑠璃などの興業をしていた「内子座」は、今でいう文化ホールで、木蝋・和紙・木材・木炭などの当時の生活必需品を生産していた内子の産業界は、多くの人が集まりにぎわいを見せていたことでしょう。

八日市護国重要伝統的建造物群保存地区

八日市護国重要伝統的建造物群保存地区で「ねき歩き」

白壁の町並み

漆喰(しっくい)が多く使われた「白壁の町並み」

私は、町の栄枯盛衰を見る時に、人生も同じであると感傷にふけることがあります。多くの要因が重なりあって、時が来ることによって花も咲けば散ることもあるのです。永遠に保つことは至難の業であり、もともと出来ないことなのかもしれません。このことは町であっても人であっても同じなのではないでしょうか。

そうであっても、今その時を無駄にすることなく、精一杯前向きに、今できることを、今の環境の中で取り組み、楽しく明るく過ごしていきたいものです。「明日」という字を残してくれた先人に感謝します。私たちの進む一番身近な将来は明るい日「明日」だよと、教えてくださっているのです。だからこそ「夢と希望」を私たちは膨らませることができると思います。

内子町は町並みだけでなく、少子高齢化の進む中で「自治会制度」をもっています。

地域がこのままでは埋没してしまうという危機感から「住民自身が知恵を出し合い、自分たちで汗を流して地域を作る時代に入った」と認識し、生まれた自治会制度は、
・地域の「自治力」「自治意識」の向上(自己決定・自己責任)
・計画行政の推進(陳情行政からの脱却)
・内子町独自の地方分権の推進(住民の住民による住民のための地域づくりを推進し、地域住民の自信と誇り、生きがいを作る)
をねらい立ち上げました。地域の資源を生かした地域振興策を自治会制度の中で創造する仕組みを作ろうと試み、町と自治会の役割分担の整理から始めたようですが、意見の違いもあり大変だったようです。

翌日には愛媛県の最南端にある愛南町へ移動しました。町では養殖業に力を入れており、愛媛大学水産研究センター、漁協などと連携を取り、マダイ・マグロ・スマ(この魚はカツオとマグロの合いの子のような魚で全身トロ味で美味しかったです)などの水産業でまちづくりを進めています。「魚食教育発祥の地」として紹介され、四国一の水揚げを誇るカツオや真珠貝養殖も盛んで、ここで育てたアコヤガイを伊勢志摩などへ出荷しているそうです。養殖場を見学した帰りに、この港から陸揚げされた魚ではなく、終戦頃に開発された戦闘機「紫電改(しでんかい)」を見てから松山へ帰りました。私は翌日の仕事の都合で、夜行便でセントレアへ向かいました。行きとは違い乗客わずか6人ほどのフライトで、プロペラの音だけがうるさく聞こえて何となく不安でした。

午後10時過ぎに無事着陸しましたが、迎えの方に「明日の出発は早朝6時半だそうです」と念を押され、つい「フーッ」とため息をついてしまいました。

戦闘機「紫電改(しでんかい)」

終戦頃に開発された戦闘機「紫電改(しでんかい)」

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