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第120号(平成31年3月)天皇陛下御在位三十年記念式典

[2019年4月8日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

雛祭り

皆さんこんにちは。

今年のお雛様のお顔も穏やかでしたか。こけしは地方によって特徴があるようですが、お雛様も同じでしょうか。左右を逆に飾るところはありますが、お顔や意匠はどうなのでしょうか。

最近では趣味で土雛や吊るし雛を作られていて、作品を町中で見かけることが多くなりました。老眼鏡を鼻先に掛けながら、粘土に細工を凝らしたり、きれいな古裂(こぎれ)に針仕事をしたりして幸せな時を過ごされている様子を思い浮かべると嬉しい気持ちになります。女性にはお雛様に特別な思い入れがあるようです。

そういえば子どものころ、女の子の家に招かれてお菓子やごちそうをいただいたことがありました。よそ行きの服を着てホスト役を務めている女の子の大人ぶった仕草が、おかしくておかしくて大笑いしたら怒られてしまいました。その叱り口調がまたまた大人のまねをしているようで、一層笑い転げたら、とうとうお菓子を取り上げられたことは痛い思い出です。

天皇陛下御在位三十年記念式典

天皇陛下御在位三十年記念式典の案内状

記念式典の案内状

2月24日に、天皇陛下御在位三十年記念式典が、東京の国立劇場で挙行され、私も全国町村会副会長の立場で内閣の招待を受けて参列してまいりました。衆参正副議長・国務大臣をはじめ、衆参議員や各国大使、最高裁判所長官、都道府県知事、全国市町村長の代表者、叙勲を受けられた方々や著名人など1200名ほどが出席し、陛下の在位三十年をお祝いしました。私たちは都道府県会館に集合し、バスで国立劇場へ向かいました。

多くの警察官の警備している姿や劇場周辺の歩道で天皇陛下万歳と書かれたたすきを掛けている団体など多くの人々が両陛下を待つ光景が車窓から見えました。私たちは玄関先で降車し、案内係によって決められた席へ誘導されました。入り口で河野太郎外務大臣が出迎えてくれたので、恐縮し深々とお辞儀をして入場しましたが、私たちの出迎えではなく各国の大使をお迎えになっていたことが分かり、勘違いに苦笑した次第です。

午後2時に内閣総理大臣の先導で両陛下がご臨席され、開式の辞を内閣官房長官が述べられました。国歌斉唱の後、安倍総理の式辞、衆参議長の祝辞と続き、国民代表の辞を福島県知事と川口元環境大臣が述べられた後、御製(天皇陛下が詠まれた和歌)と御歌(皇后陛下の詠まれた和歌)を波乃久里子さんが朗読されました。

御製  「我が国の 旅重ねきて思ふかな 年経る毎に 町はととのふ」

御歌  「ひと時の 幸分かつがに人びとの 佇むゆふべ 町に花降る」

御製と御歌の画像

御製と御歌

平成15年に、御題「町」の歌会始で詠まれたものでした。平成15年は、本町にとって町制施行50周年の記念の年であり、私個人にとっても町長に就任して間もない時です。この式典で御題「町」がなぜ選定されたのかは分かりませんが「縁」を感じ、そして気付いてみれば私は何度も「町はととのふ、町はととのふ、町はととのふ・・・」と繰り返していました。この一言に「町の長の務め」はあったのかと気付かされました。平成の半ばから阿久比町政を担わせていただいた私としても、あと2月で終わろうとしている平成の世の最後に立ち会わせていただいていることに深い思いを感じています。

朗読が終わり、続いて三浦大知さんによる「歌声の響き」と鮫島有美子さんによる「おもひ子」の記念演奏に入りました。「歌声の響き」のは沖縄県の国立ハンセン病療養所をご訪問された際、入所者との交流の思い出を詠んだ天皇陛下の琉歌に皇后陛下が曲を付けられた歌です。「おもひ子」は皇太子殿下がご幼少の頃に皇后陛下が口ずさんだ子守歌で、やはり皇后陛下の作曲だそうです。 

この後、天皇陛下からのお言葉を一同起立の上拝聴いたしました。

8分間のお言葉一つ一つから、陛下として過ごされた30年の「想い」と「思い」が沸上がるようでした。

恐れ多いことですが、ここに一部を掲載させていただきます。

 「平成の三十年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが、それはまた、決して平坦な時代ではなく、多くの予想せぬ困難に直面した時代でもありました。世界は気候変動の周期に入り我が国も多くの自然災害に襲われ、また高齢化、少子化による人口構造の変化から、過去に経験のない多くの社会現象にも直面しました。・・・

天皇として即位して以来今日まで、日々国の安寧と人々の幸せを祈り、象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました。・・・

天皇としてのこれまでの務めを、人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした。・・・

平成が始まって間もなく皇后は感慨のこもった一首の歌を記しています。

『ともどもに 平らけき代を築かむと 諸人のことば 国うちに充つ』・・・

在位30年に当たり、今日このような式典を催してくださった皆さんに厚く感謝の意を表し、ここに改めて、我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。」(抜粋)

 お言葉の後、万歳を三唱し、内閣官房長官が閉式の辞を述べ、天皇、皇后両陛下がご退席になりました。

ゆっくりとした足取りで、記念演奏された方々一人一人に声を掛けられながら、穏やかな笑顔を絶やさず歩みを進められました。両陛下は最後にもう一度多くの参列者に向かって手を振られてから会場を後にされました。

宮中茶会に招かれて

記念式典の2日後の2月26日、宮中において天皇陛下御即位30年宮中茶会が開かれ、宮内庁より招待を受けて出席しました。宮内庁長官からの招待状は金の菊の御紋が入った立派なもので、5年前に園遊会にお招きを受けた招待状の記憶がよみがえりました。また、参入・退出の仕方や行事の進め方などの注意書が、宮内庁式部職名で同封されていました。式部職なる職は私たち行政には無い職名ですので職務内容は推測することしかできませんが、宮内庁にとって大変重要な職務であると思います。

注意書には、服装について、男性はモーニングコート、紋付き袴またはこれに準ずるもの(ダークスーツも可)、女性は、ロングドレス、デイドレス(絹または絹風のワンピース、アンサンブル等)、白襟紋付きまたはこれに準ずるものとされており、これだけでも今回の茶会の格式が分かり緊張しました。

宮中茶会の招待状

御即位30年宮中茶会招待状

私も初めて宮中に伺うとあって、当日は目覚めも早く気持ちが高ぶっていました。おかげで大都会東京での日の出をホテルの窓から拝み、朝日の清々しい光を全身に浴びて気持ちよく一日をスタートできました。

午前9時にホテルを出て皇居へと向かい皇居外苑に着くと、眼鏡橋(正式には正門石橋)へ向けて黒塗りの車が緩やかな大きなSの字カーブを描き、歩くよりも遅い速度で静々と列をなしています。眼鏡橋を渡り、皇居正門を乗車したままくぐります。ここからは写真撮影は禁止となり、二重橋と呼ばれている正門鉄橋を渡り、伏見櫓を左手に見上げながら中門をくぐります。宮殿東庭に進むと長和殿が現れ、私たちは表玄関南車寄せで降車し長和殿に入りました。宮殿の中では一番大きな建物で、廊下の長さだけでも100メートルあるそうです。春秋の間に案内され、9時30分より30分間雅楽を供覧させていただきました。そこには黒柳徹子さんが車椅子でおみえになり、高須クリニックの院長先生の紋付き袴姿も人目を引いていました。雅楽は男性20人ほどで編成されており、日本古来の演奏の音色もあって、時代絵巻の世界へ私たちを誘ってくださいました。

雅楽の資料

雅楽の説明資料

10時10分に茶会の会場である豊明殿への案内があり、400人を超す方々が一斉に部屋を移動するのですが、何ら混乱もしないことで、この建物がいかに大きいかがお分かりいただけると思います。100メートルの廊下は中庭に面し、中庭は四方を長和殿、豊明殿、正殿、回廊に囲まれており、那智の白い砂利が敷き詰められています。南西隅に大きな白梅が一本、北東隅には大きな紅梅が一本植えられており、見事なほどに枝を伸ばし、満開の花で迎えてくれました。梅は阿久比町の花でもあり、とても嬉しく思いました。(本町もアグピアホール車寄せロータリー内に、紅白の梅の木をホール完成時に植えてあります。まだ小さいですが・・・。)

皇居周辺図と宮殿見取図

宮殿見取図

豊明殿は、宮殿の中では一棟一室の一番大きな部屋です。天井にはクリスタル製のシャンデリアが30基ほど輝いており、床は手織り緞通で敷き詰められていました。ウエルカムドリンクとしてシャンパンやお茶などが配られ、あいさつや雑談をしながら陛下のご入場を待ちました。係から注意事項が述べられますが、順列は決まっておらず全くの自由でしたので、少しでも陛下のお近くへとの気持ちで前へ前へと詰め寄るものですから、最前列の方がうまく整列できず困っていました。私は園遊会の時に皇室の方々とは最前列で対面させていただいたので、今回は皆さんにお譲りし、後ろで控えさせていただきました。

10時30分に、一間はあろうかと思う左袖口の大きな襖が「ごろごろ」と音を立てて開けられ、モーニング姿の天皇陛下とロングドレス姿の皇后陛下がお出ましになり、後に続かれて皇太子殿下をはじめ各皇族が入場されました。参列者代表の知事があいさつをされ、その後に天皇陛下からお言葉が述べられ、代表者の挙杯とともに乾杯しました。その後は皇室の方が私たちの中へ溶け込むように入られお話をされる姿には感激いたしました。私は皇太子殿下とお話をさせていただきました。この6月2日に愛知県で開催される第70回全国植樹祭に天皇皇后両陛下に行幸啓していただく予定ですが、新天皇となられてから初めて愛知県へ足をお運びになられるので、県民が楽しみにお待ち申し上げていることを愛知県町村会長としてご報告しました。殿下は存じているご様子で、我が国の植樹環境の大切さをお話された後、「参りますのでよろしく」と仰ってくださいました。秋篠宮殿下ご夫妻と、眞子様、佳子様も笑顔で皆さんと歓談されていました。

また、スポーツ選手の周りには多くの人が集まっていました。サッカーの三浦知良さんや澤穂希さん、水泳の北島康介さん、プロゴルファーの石川遼さん、フィギュアスケートの浅田真央さんやマラソンの高橋尚子さんなどとグラスを傾けることができました。メダリストの高橋さんには「阿久比町はモリコロ駅伝で二連覇するなど、走ることが大好きな町民の町ですので是非お越しください」とお願いをしておきました。

平成30年間の各界功績者の名士が多く招待されていましたが、高校の先輩で前経団連会長の榊原定征氏もお見えになり、声を掛けてくださいました。やはり同郷の方と東京の栄えある席で出会えるのは大変嬉しいものです。

この間、紅茶、ビールなどのドリンクや、サンドイッチ、クッキーなどの軽食が用意されていましたが、皆さん控えていらっしゃるようでした。

トライアングルの音が響き渡り、両陛下と各皇族殿下の退出を知らせます。

拍手でお見送りしていると、後方から「万歳」の声が上がり、全員で唱和する中をご退出なされました。「ごろごろ」と大襖が閉じられ御茶会の終了となりました。この間40分ほどでしたが、貴重な経験をさせていただき、身に余る光栄でした。

私たちは北車寄せへ誘導され、そこで賜物をいただいて乗車し、全国町村会館へ向かいました。

ホテルでモーニングコートを脱いだ時は、さすがに疲れが出ました。朝から立ちづめであるうえ緊張の連続でしたので、着替えを済ます前に温かいコーヒーを飲みながら椅子に腰かけた時、「ホット」した至福のひと時がもてました。

皆さんのおかげでこのたび宮中へ招待を受けることができました。感謝申し上げ、宮中御茶会のご報告とさせていただきます。

p.s.

えっ、気にかかるのは賜物は何かですか?

 

賜物は、ボンボニエールに入った金平糖でした。

賜物の金平糖

ボンボニエールに入った金平糖

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