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第90号(平成28年9月)道をゆく

[2016年9月8日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

道をゆく

ドライブでの出来事

こんにちは。皆さんはお盆休みに何をされましたか?

私はカレンダーどおりの出勤で盆休みはありませんでした。

しかし夏休み気分を味わいたく思い、8月20日(土曜日)にドライブに出かけました。

山間部の木漏れ日を浴びながら走ってみたくなり、岐阜羽島から福井県の大野市まで北上するルートを選びました。

朝8時に自宅を出発し、名神高速で岐阜羽島に向かうことにしましたが、一宮インター入り口手前で渋滞に巻き込まれました。爽快にドライビングするつもりが早くも渋滞とは・・・。「盆過ぎならば」と甘く見ていた私がいけなかったようです。

岐阜羽島で名神高速を降りて、長良川沿いに23号線を通って国道157号へ入り、淡墨桜の名所根尾村を目指しました。

道の駅「富有柿の里」糸貫と「織部の里」本巣に立ち寄り、地元直産の野菜などを買い求めました。町長になってからは他市町のことが気にかかり、道の駅に寄っては地元の方や観光客とお話しさせていただき、その地を知ることに努めています。街づくりのヒントになることもありますし、“笑顔”に出会えることがとても嬉しく感じています。もちろん阿久比町のPRも、ちゃっかりしてきます。

谷汲山を通過したころからは、朝の渋滞が嘘のように通行量も少なく、目的地の一つである根尾谷断層を目指して車を走らせました。この断層は、1891年(明治24年)10月28日午前6時37分に、東海地方を襲った濃尾地震によって現れた断層で、マグニチュード8・震度7の直下型地震で、当時7,000人を超える死者が出ました。震源地の根尾水鳥地区では、上下に6m長さ1,000mにもなる断層崖が隆起し、この断層崖が「根尾谷断層」と呼ばれているものです。

断層の上には「地震断層観察館」があり、館内では、垂直に断ち切られた基盤岩石の6mに及ぶくいちがいの断層のズレを直に見ることができます。一瞬にして地面を分断する自然の破壊力に圧倒されました。館外に出れば今でもズレを起こした地面が断層崖として残り、今なお125年前に起きた地震の凄さを見せつけています。同規模の南海トラフ地震が発生した時のことを考えると、町民の生命と財産を守る自治体の長として更なる防災・減災対策に取り組んでいかねばならない覚悟を心に刻みました。

 

地震断層観察館での様子

根尾谷断層の様子が分かる「地震断層観察館」

地震断層観察館を後にして、季節外れの「根尾の淡墨桜」へと向かいました。花のない真夏の桜を見に来る変わり者もいないだろうと狭い道を進めると、意外やガードマンが交通整理をしていたので驚きです。山麓の駐車場から坂道を歩かされた先で、音楽が流れていました。当日の夜、オカリナミュージシャン宗次郎によるコンサートが開かれるとのことで、多くの人が集まっていました。日本三大桜を写真に収めようとしているのは私達だけで、多くの観客は桜に背を向けステージに夢中でした。

初めて淡墨桜と対面しました。1500年余生き続けてきた淡墨桜は、声を使い切るかのようにせわしく鳴く蝉たちの中で少し淋しそうに見えましたが、歴史を刻んできただけに、力強い太い幹を持ち、神秘さを備えた威厳のある銘木でした。今もこうして静かにたたずみ、根を張りながらその時代その時代の人の生活を見てきたのであろうと思いました。濃尾地震で被災して亡くなられた7,000人の短き人生も見てきたことでしょう。「うすずみ」の語呂が「薄い住家」からきているのではないかと感じたほど、自然の悠久さと人の一生の短かさを比べながら、夏の感傷に浸っていました。空を見上げると、澄み切った青空に真白い雲が浮かび上がっていました。阿久比町より少し早い夏の終わりを感じながらハンドルを握りました。

根尾の薄墨桜

威厳のある銘木「根尾の薄墨桜」

次の目的地である温見峠を目指し、国道157号に戻りました。大野市温見は地名こそ残るものの廃村となっており、岐阜県側の本巣市根尾村大河原も冬季は無人集落になっているという地域です。

限界集落とか消滅自治体という言葉が飛び交う昨今ですが、今から向かうところはすでに人が住まなくなった地域で、私の関心は高ぶるばかりでした。上り坂を進むほどに国道157号はますます狭くなり、「落石注意」や「冬季通行止め」の標識などが現れてきたときには、対向車とすり替わることができない道となっていました。ガードレールもない崖道で、路上には腕ほどの太さの枝が落ち、落石が握りこぶしほどに砕けて散乱し、正直、恐怖感が襲ってきました。しかし、引き返すわけにもいかず前へ前へと進みました。車内での会話が無くなり、家内の顔色も青く感じました。心の中で「対向車は来るな。前を走っている車に早く追いつけ。後続車でもいいから誰か来てくれ」と叫んでいました。しばらく手のひらに汗を感じていると、前から対向車が現れました。お互いに車を止めたものの下がる気配がありません。こんなとき習慣とは怖いものです。無意識に私はギヤをバックに移してゆっくり後退してしまったのです。当然、対向車は進んできます。「どこまで下がればよいのやら・・・」と下がったことを悔いながらバックを続けました。清水の流れる少しの広がりを見つけたので、切り出しの岩いっぱいに車を寄せ待ちました。私は山側でしたが、相手はガードレールなしの谷側ですので、相手の方も必死だったと思います。サイドミラーを倒しながら、何とかすり替わることができました。

街の喧騒から逃れ、人里から離れた森林に囲まれながら日ごろの疲れを癒そうと思いたったドライブは、とんでもなくストレスの溜まるものとなってしまいました。温見峠を越えて福井県に入ると道路が良くなり、緊張感から解き放たれた途端、疲れと脱力感に襲われました。峠を越えるまでにすれ違った車は3台のみで、私の車線では前にも後ろにも一台の車の影すら見つけることはありませんでした。この国道157号が、二度と私の運転で走ることのない道路になったことは確かです。夏の暑さを忘れさせる道としては最高でした。

P.S.

冒険をするつもりはありませんでしたが、国道157号を調べ上げていくことを怠ったために危険な思いをしました。旅先では何が起こるか分かりません。皆さんも事前に旅先を調べあげていかれることをお勧めします。

また、ナビゲーターシステムを信頼しすぎてのドライブも気を付けた方が良いようです。

帰宅してから調べたところ、温見峠の車道は1974年に開通し、翌年国道157号になった道路で、現在も12月から5月までは、豪雪のため通行止めになるそうです。国道でありながら半年間も通行できない道路が、今の世にあるとは想像もしていませんでした。町長として国交省や県庁へ道路整備の陳情に出向いていますが、町道より県道、県道より国道の方が道は立派に整備されているものと認識していただけに、今回の国道157号には驚きでした。

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