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第76号(平成27年7月)「時」の大切さ

[2015年7月7日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

「時」

皆さんお元気ですか。

時の流れは早いものです。平成27年度も4分の1が過ぎ、7月に入りました。7月1日は、「うるう秒」の日だったそうです。一日の長さが1秒間長くなり、得をしたのか、損をしたのか判断できかねていますが、地球の自転速度と世界標準時のずれが修正されたようです。日本では午前8時59分60秒という、いつもは存在しない「時」があったそうです。

私にとっては、仕事にも生活にも影響なく、いつものように時は過ぎ、一日が終わりました。

私の左手首の機械式時計が「チッチッ」と刻んでいる「時」とはいったい何でしょうか。分かっていそうでも深く考えてみると、なかなか理解しがたいものです。私には、そもそも「時」なるものが、自分の外に存在するのか、自分の内に概念として存在しているのかさえよく分かりません。

いつからか人類は、この得体のしれない「時」なるものを、一瞬一瞬の「時」と「時」の間の長さを「時間」と捉え、「現在」「過去」「未来」という「時の流れ」として感覚的に意識したことは素晴らしい着眼であったと思います。アインシュタインをはじめとする物理・科学の分野や、宇宙の誕生にかかわる理論など、人類は学問においての思考を発展させたばかりか、古代から精神面の分野である宗教・哲学にも大いに影響を与えてきたものが「時」という観念であったと思います。

近頃、私は「時」の大切さをしみじみ感じています。日本の平均寿命は、男性80.21歳、女性は86.61歳になり、男女平均での世界寿命ランキングではトップとなりました。取り敢えず、この平均寿命から自分の今の年齢を引き算して出た年数を、残りの人生と考え、この時間をどう過ごすか、どう生きていくのかと考えるとき、今の時間がとても大切に思えてくるのです。しかし同時に自分の人生を引き算で考えるようになったことに、少なからず淋しさを感じています。(齢を重ねたからなのでしょうか・・・)

たった1秒の「うるう秒」があったおかげで、ここに書ききれないほど「時」についていろいろ思うことができ良かったです。

「時」が有限なものなのか無限なものなのか、「空間」の広がりを持つものなのか、「ゆがみ」があるのかどうかも、私には難しすぎて理解できませんが、記憶に残る自分が生きてきた時間と、これから生きて迎えるであろう「未来」を信じて、「今」という「時」を精一杯生きていきたく思っています。今回の「町長室だより」を読まれるにあたり、皆さんの大切なお時間をいただきありがとうございました。

 

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