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第42号(平成24年9月)幸せ

[2012年9月12日]

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執務中の町長

阿久比町長 竹内 啓二 

幸福なるものは何か

皆さんこんにちは。夏休みも終わり児童の皆さんが登校し始めました。

今日は交通事故死ゼロの日(9月10日)で早朝より、車に乗って交通安全パトロールに出ましたが、集団登校する小学生の元気が足りないように感じました。夏休み疲れなのか、それとも月曜日で調子が出ないのか、ちょっぴり心配でした。とにかく子どもは元気が一番。「2学期は運動会など行事が多く、忙しくなると思いますが『張り切っていきましょう』」。と、呼び掛けましたが、実のところは、自分自身を叱咤していたのかもしれません。

只今定例議会中でして、一般質問や上程議案に神経を集中しますので、気合いを注入して頑張っています。

今定例会では、冒頭に町政の全般にわたり現況を説明する「町長諸般報告」をするのですが、演台での35分という短い時間はとても貴重な時間です。議員はもちろん町民の皆さんへ町長自らの情報発信にもなりますので良い機会であると思っています。また、昨年度平成23年度決算の認定をいただかなくてはならない大切な議会でもあります。

幸福度

今回の一般質問の中で「幸福度」についてのご質問がありました。ブータン国王夫妻が来日して「世界一幸せな国ブータン」が一躍有名になり、幸福度とか国民総幸福量GNH(Gross National Happiness)の言葉が注目されました。

Wikipediaによれば、ブータンは中国とインドにはさまれたヒマラヤ山脈にある九州程の大きさの国で、人口は約70万人。知多半島5市5町の人口が約62万人ですので、いかに小さな国かお分かりでしょう。主要産業は農業ですが、ヒマラヤ山脈からの水系を利用した水力発電により、貿易の最大の輸出品はインドへの電力だそうです。このことも驚きでした。(わが国の隣にあったなら、原発を再稼動せずにブータンから電力を買っていたかもしれませんね・・・・)

もっと驚いたのは、1日2ドル以下で暮らす貧困層が人口の25パーセントもいることです。経済規模を表すGDPは世界平均を大幅に下回っている水準で後発開発途上国に分類されているようです。にもかかわらず「幸せな国」とされているのはなぜでしょうか?

経済指標のGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)の増加が私たちの生活を豊かにし幸福にするものと信じて、経済を重要視してきた先進国の者にとっては、「幸福こそ国家の究極の目標」を掲げるブータン国の存在の意義は大変大きなものであると思います。

さて、「幸福になりたい」とか「幸にする」とか、私たちは日常でも多く口にしますが、では「何が幸福なの?」と問われると戸惑ってしまいます。質問の中で「町長は現在幸福ですか?」と問われ、実際のところ答弁に困りました。そこで私の思う幸福観について思っていることを綴らせて頂こうと思います。

まず、幸福度というものを、数値化できる代物かどうかということであります。数値化するには指標となるものを見つけなければなりませんが、尺度となる物差しが見つかるのかということです。経済指標のように成長率が何パーセント上がったから消費税を上げるような問題とは違います。幸福度が数字で表され、順位が付き始めれば、競走社会の中での苦痛が生まれ、幸福は遠くへ行ってしまいそうです。数値化すること自体無理だと考えます。

では「幸福なるものは何か」を問わなければなりません。

(私は内心、目隠しして象の尻尾だけを触って象の全体を語ろうとしている者と同じで、幸福のテーマが大きすぎることに気付きました)

これから述べることは軽く読み流してください。

ブランド品やお金をもった時、欲しいものを得た時、したいことをした時、なりたいものになった時。また、安心することができる居場所を見つけた時だとか、自分の存在を認めてもらった時など、自分の思い通りになった時、多くの人は幸せと感じているのではないでしょうか。

宗教家は、煩悩を捨て、我を捨て去った時に幸せが訪れるといいます。なかなか出来ないことです。それには、まず、辛抱し、我慢し、自らを律していかなければならないからです。

千差万別の価値観を持つ個人の集まりで社会を構成し、その中で暮らしをしているわけですから、自分の幸せだけを追求し、自分の思い通りにすることばかりの生活を送ろうとすれば、利害が衝突して社会は崩壊です。社会の中でしか人間は生きられませんから、“折り合いをつけながら”生活することが幸せに繋がるということでしょうか。

「幸福」と「時」について見てみましょう。

「何がしあわせ?」と聞かれたとき、私たちは聞かれた「その時点」で思い通りにしたいこと《欲求》を答えているのではないかということです。人生の中ではいろいろな出来事が起こります。辛いこと。苦しいこと。悲しいこと。喜ぶこと。楽しいこと。「人生喜怒哀楽を出でず」と看破したのは「王陽明」であったと思います。まさに、その時その時を生き、一喜一憂し私たちは人生を送っています。その時々により望むことが違うのですから、幸せを追い続けることが生きるということかもしれません。決して幸せを追求することを否定しているのではありません。良い意味での「欲求の追及」は向上心を養い、夢と希望と理想を実現させる原動力であると思います。特に若い人には夢と希望を強く持ってもらいたいと思います。ただ生身の私たちですからどこかで幸せ追及の速度や力加減をコントロールしないと、心も身体も壊しかねないと思います。これもまた、“折り合いをつけながら”ということになりますか。

人生の中で、その時その時によって私たちの幸福と感じられる内容も変わってくるわけですから幸福を定義付けることは難しいことになります。

何が幸福かということは言えませんが、少なくとも、「幸福」や「幸せ」は、それぞれの人が心で感じるものであると言えるでしょう。そして“折り合いをつける”ことが幸福への近道であると思います。

ブータンの国民が、私たちよりも貧しくても、私たちよりも多くの幸せを感じているのであれば、やはり世界一幸せな国ということなのでしょう。

ところで「議会の答弁はどうしたのか?」ですか。

かように一口で幸福を語ることはできませんでした。幸福観を感じたままにお答えしたのち、現時点では、「家族も自分も健康である」から幸せと感じていること、町長としての自分としては、「人様に奉仕できる職務をいただき、郷土阿久比町に微力ながらお仕えさせていただいていることに幸せを感じている」と答えました。

私も職員も、町民の皆さんが幸せに感じていただけるまちづくりをすることを使命として日々務めています。職員も町民の皆さんの笑顔を楽しみに仕事に就いていると思いますので、いつでも声を掛けてください。

PS  

平成21年に行った町民アンケートでは、「阿久比町に愛着を感じている」方が71.9パーセント「今後も住み続けたい」方が75.9パーセントでした。

これらの数値は高いほうだと聞いていますが、本町にお住まいの方がもっともっと「幸せ」と感じていただけるよう今後も努めてまいります。よろしくお願いいたします。

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