広報 あぐい
2009.07.15
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あぐいぶらり旅 
〜石造物を巡る(板山・福住・白沢コース 5)〜

シリーズ 阿久比を歩く 104

 



“天神”の神使「牛像」



「筆塚跡」の石碑


白沢地区を巡った。北原天満宮に行き、「北原天神社旧御本殿跡」、「筆塚跡」、「牛像」の石造物を見た。境内に入ってすぐ左の方に「北原天神社旧御本殿跡」と「筆塚跡」の石碑が建ち、奥に進んだ本殿右前に「牛像」が置かれる。

阿久比の郷を開いたといわれる、菅原道真公の孫“英比麿”。北原天神社は、天暦9(955)年英比麿の住居跡に建てられたとされる。明治11年、別の場所にある白沢八幡社に合祀(ごうし)。「北原天神社旧御本殿跡」の石碑は、昭和8年に神社の旧跡地を記念して建てられる。その後昭和63年、地元の氏子らの手によって、旧跡地に本殿再建築が実現し、現在の北原天満宮となる。

北原天満宮は、菅原道真公がまつられる。道真公は“学問の神様”で知られる。江戸時代後期から明治時代初期にかけて、子どもたちは寺子屋で「読み・書き・そろばん」を学んだ。

道真公にあやかろうと、寺子屋で学んだ子どもたちは使い古した筆を神社に献上して、習字の上達祈願をしたらしい。筆塚は筆を埋めた供養跡。

「僕は字が下手なんだよね。子どもたちに、字はていねいに書きなさいと言うんだけど、自分の書く字が下手だから説得力がないんだよね」。友人は「職場の机の上にメモが乗ってましたけど、読むのに苦労しましたよ」と笑みを浮かべながら話す。「これから字はていねいに書くよ」。大人げなくむきになって道真公の前で誓う。

「牛像」の前に進む。なで牛は“天神”の神使。牛をやさしくなでながら心を込めて願いごとをするとご利益があると言われる。半年過ぎて忘れかけているが、今年の干支は「(うし)」。いつもの年よりも多くの人が願いごとをしたことだろう。私たちも牛をなでながら、「……」。「……」。

境内をぶらぶらしていると、どこかで見た顔が近づいてくる。職場の後輩だ。「うわさの“ぶらり旅”ですか」。「そうだよ。どうしてここに?」。「目の前の病院で子どもが生まれまして。2人の姿が見えたので」。「それはおめでとう。ここは学問の神様がまつられているから、生まれてきた子が賢くなるように祈るといいかもよ」。思わぬ朗報。牛像の前に戻り、生まれてきた子のために3人で牛をなでた。



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