広報 あぐい
2009.05.15
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あぐいぶらり旅 
〜石造物を巡る(板山・福住・白沢コース 1)〜

シリーズ 阿久比を歩く 100

 


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“新畑の庚申さん”



“地獄谷地蔵尊”


今回からは、町文化財調査報告書『阿久比の石造物』の板山・福住・白沢コースを巡る。

最初に「新畑の庚申さん」を探す。報告書が示す地図を参考に歩く。途中、舗装された道がなくなり、田畑のあぜ道を進む。「あそこに何かが」。友人が急に声を上げる。小高い丘に、伸びた草で隠れるように屋根のある小さな建物を発見。

三方をレンガで積んだ小屋の中に、“庚申さん”が安置されている。「圃場(ほじょう)を整備するときに、ユンボ(油圧ショベル)で庚申さんを動かそうとしたら、キャタピラが切れてしまったんだよ。勝手に動かさないでほしいという庚申さんの抵抗だったかもしれないね」。畑で作業をする男性に“庚申さん”の逸話が聞けた。さい銭や手作りのお守りが供えられ、今も大切にされている様子がうかがえる。

ふれあいの森を右手に東へ向かう。四つ角の片隅で、小さな地蔵を見つける。写真で紹介されている形からすると「クヨバ地蔵尊」に間違いない。「右みやつ道」、「左乙川みち」と地蔵の側面に刻まれているようだが、石の風化が激しく確認できない。

近くの民家を訪ねる。1軒目は留守、2軒目で84歳のおばあさんに出会えた。「昔はあの辺りは山で、半田市の乙川と宮津へ行く道を教えてくれるお地蔵さんだよ」。私たちが何も説明していないのに、おばあさんは“道しるべ”であることを教えてくれた。この話で「クヨバ地蔵尊」であることを断定。残念ながら、報告書の解説「クヨバは虫供養場のこと」の理由は、おばあさんも知らなかった。

出会う人に尋ねながら、「地獄谷地蔵尊」にたどり着く。位置が移動し、現在は板山地区の地獄谷にはなく、JAあいち知多のカントリーエレベーターと運送会社間の道を少し北へ歩いた場所の一角に、地蔵は静かに身を寄せる。

地蔵前の石を拾い、その石でいぼをなでると取れるいわれがあるらしい。「いぼじゃないけど、今日はのどの調子が悪いからのどにしとくよ」と、私は石でのどをなでる。友人は「最近、抜け毛が多いから頭にしときます」と頭をなでる。石を置き、手を合わせて地蔵を後にする。



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