広報 あぐい
2007.02.01
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あぐいぶらり旅 〜伝説の地を歩く(唐松の井戸)〜

シリーズ 阿久比を歩く 45

 



唐松の井戸


「大師を見つけた一人の村人が、『どうかお助けください』とすがりついてきました。そっとうなずいた大師は、そばにあった井戸をのぞいてみると、やはり一滴の水もありません。

大師は、道に落ちていた1個の石を拾い、泥を落として『南無妙法蓮華経』と書いて井戸の中に投げ入れ、一心不乱にお経を唱え始めました。村人たちも、手を合わせて、一生懸命お祈りをしました……。

すると、不思議にも、井戸の底からチョロチョロと清水が湧き出し、やがては井戸いっぱいになり、しかも水面には、緑の松の影が映っているではありませんか。(阿久比の昔話)『唐松の井戸』から」。

平安時代、淳和天皇は鳳凰(ほうおう)という吉鳥が何羽も群れをなして尾張の国へ舞い降りたという夢を見る。天皇は比叡山の慈覚大師円仁に「尾張の国へ行き、鳳凰を見てくるように」と命じる。大師は途中、知多郡英比の角岡村(現在の椋岡)で日照りが続き、田畑の作物は枯れ、飲み水さえもなく困っている村人に出会う。水の無い井戸に祈とうを行う。不思議なことに井戸から水が湧き出し、村人を飢渇から救ったと言われる。

“唐松の井戸”を訪れた。井戸は町道すぐ脇の田んぼの隅に位置し、周りには大きな石が積まれ、四方が木の柵で囲まれている。井戸の中をのぞく。かなり上の方まで緑色に濁った水がたまっている。

スーパーへ歩いて買い物に出掛ける途中だという女性に出会う。井戸のことについて尋ねてみる。「今は飲めませんが、昔は飲むと長生きできると言われ、正月になると三河の遠方からでも水をくみに来る人がたくさんいましたよ」と教えてくれた。「ぶらり旅毎回読んでますよ。頑張ってくださいね」と激励を受ける。

「いつも元旦には井中に松影見ゆるとなん。されども近きあたりに松の木なし」。『尾張名所図会巻六』で唐松の井戸について記述されている。地区の人が井戸の横に松の木を植えても枯れてしまうらしい。松影は井戸の中の水に特別な時にしか映らないようだ。不思議な力を持つ場所なのであろう。

水面に小さな輪が何十にも広がり、底から泡が「ポコポコ」と浮かび上がってきた。友人が「井の中の(かわず)というくらいですから、多分カエルのおならですよ」と話し掛けてくる。「その例え、今の状況で使う言葉じゃないし、カエルはこの時季、田んぼの土の中で冬眠してないか」と私が答える。「それじゃ今の現象は何だ。もしかして松影が映し出される前ぶれか」。再び井戸をのぞき込み、しばらく眺める。緑色に濁った水が見えるだけでほかに何も現れなかった。(くだらない話をしている間に、松影が見えていたのかもしれない。とても心残りだ。)



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